2017年9月3日日曜日

Passive aggressive パッシブ・アグレッシブ

木曜の午後、文化財調査チームのクリスティとの打ち合わせ中、検索機能を駆使して会社のデータベースから必要な情報を抽出し、エクセルに落としてウィークリーレポートを作成するステップを説明していたところ、彼女が薄笑いを浮かべ、途方に暮れた様子でこう言いました。

“I’m so discombobulated!”

え?今なんて言ったの?と、慌てて話を中断する私。

Discombobulated(ディスコンバビュレイテッド)って言ったのよ。この言葉、知らない?」

「全くの初耳だけど、どういう意味なの?」

クリスティはちょっと困ったような顔になり、

「そうね、Confused(混乱してる)ってことかしら。」

「え?でも随分文字数の多い単語じゃない。ニュアンスの違いはあるんでしょ?」

「ディスコ」とか「ンバビュ」などという、耳に楽しいサウンドが続くけれん味たっぷりのワードが、単に「混乱」を表明したいだけだなんて信じ難い。

「う~ん、どうかなあ。あまり深く考えたこと無かったかも。」

結局クリスティからは、腑に落ちる説明を引き出せぬままミーティングを終えたのでした。後で調べたところ、そもそもCombobulateには「秩序を回復する」という意味があるようで、これにdisを付け加えることで「混乱」を表すのですね。でもやっぱりモヤモヤは残ります。

翌日金曜の午後四時を過ぎた頃、同僚ディックからテキストメッセージが入りました。

「コーヒー飲みに行かない?」

約束をすっぽかしたお詫びにオゴるよ、と言われて二人で駅前のスタバまで歩きます。そう、その日は彼と久しぶりにランチへ行くはずだったのです。

「そんなことしなくていいよ。お互い忙しいんだから、約束守れないことだってあるでしょ。」

と私が言うと。

「いや、気にしないでくれ。次回はシンスケにおごってもらって俺が特別高いヤツを注文するから。」

先に普通のホットコーヒーを頼んだ私は、窓際の丸テーブルを挟む二脚のハイチェアのひとつに腰かけます。彼は涼し気なレモン色のドリンクを受け取ってストローを差し込み、ちゅうちゅう吸いながら真向いに座りました。暫く近況報告を交わした後、私がこんな質問を投げかけます。

「あのさ、discombobulatedって単語知ってる?confusedとどう違うの?」

もちろん知ってるよ、俺のお気に入りの単語のひとつだな、とディックが笑い、confusedと同じ意味だよ、と答えました。

「でもさ、わざわざ違うワードを使っているんだから、何かしらニュアンスの違いはあるはずでしょ。」

と食い下がる私。そして前日のクリスティとの会話を持ち出します。う~ん、と暫く考えた挙句、

Confused(コンフューズド)は自分の知的能力の限界を超えてしまってる感覚だけど、Discombobulated(ディスコンバビュレイテッド)は、外界からの様々な作用が働いてしっちゃかめっちゃかになってるってニュアンスかな。たとえばクリスティの例だと、システムが複雑過ぎるせいで理解出来ないって批判している風にも取れるよね。」

なるほど。それなら分かる。「もう何が何だかわけわかんない!」というレベルの混乱ですね。

「そういえば昔、通勤途中に聴いてたオーディオブックに出て来たんだけど、誰かから話を聞いた後に“I’m confused.”と言った場合、実際は自分が混乱してるんじゃなくて相手が混乱してる、つまりあんたの説明はひど過ぎて何言ってるか分からない、と暗に批判してるケースが多いんだって。」

と私。するとディックは、

「それは鋭い指摘だなあ。全く同感だよ。しかもそれは、俺が最も得意とするPassive Aggressive (パッシブ・アグレッシブ)話法の典型じゃないか。」

と嬉しそうに微笑みます。

Passive Aggressiveというのは、消極的(パッシブ)な様相ながら攻撃性(アグレッシブ)を持つ性格のこと。無理やり和訳すれば、こうなりますね。

Passive Aggressive
遠回しのいやみ

このタイプの人は、背筋も凍りつくような皮肉を涼しい顔で言えちゃいます。

「今夜は随分お楽しみだったみたいね。」

とか、

「全然怒ってないわよ。」

とか。

I’m confused」は、自分の頭の悪さを露呈しているようで、実はそれとなく相手を批難している可能性を孕むフレーズなのですね。その隠された悪意の可能性に一旦気付いてしまうと、聞いた相手はモヤモヤし始めます。話者の真意を確認するすべが無い場合は、不快感が募ってしまいには怒りに転ずることも。そう、パッシブ・アグレッシブ話法の多用は人間関係にネガティブな影響を及ぼす危険性があるのです。

Discombobulatedはそもそも外的要因が絡んでる雰囲気があるから、I’m discombobulated と言ってもパッシブ・アグレッシブには受け取られないよね。」

これですっきりしました。

「そういえばうちの15歳の息子は、父親のパッシブ・アグレッシブなコメントを嗅ぎ分ける能力が付いて来たよ。」

と私。

「君の勤勉さにはいつも本当に感心させられるなあ、とニコニコして見つめると、分かったよ、宿題やれって言いたいんでしょ、なんて溜息つくようになってね。早く宿題始めろ!って怒鳴るより、よっぽど効き目があるんだ。」

この道の大家を自称するディックが、満足げに頷きます。

「パッシブ・アグレッシブ話法の効果は聞き手の知的成熟度によるところが大きいんだ。息子さんはシンスケの意図を察知出来るまでに成長してるってことで、喜ばしいよね。」

そういう彼にも、ジャクソンという小学校低学年の男の子がいて、最近は、

「パパ、もしかしたら本当はそう思ってないんじゃないの?」

と混乱した表情を見せることが多くなって来たそうです。例えば何て言った時の話?と尋ねると、彼がこう答えました。

“You can clean up your room next year.”
「来年になったら部屋を片付けなさい。」

ジャクソンには、まだちょっぴりだけ早かったみたいです。


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