2016年9月3日土曜日

Ultimate Service 究極のサービス

2年前にスタートした建築部門の巨大プロジェクトが、いよいよラストスパートを迎えています。オレンジ支社の建築部門長でPMのリチャードと二人三脚でプロジェクトを進めて来ましたが、相手が上層部でも構わず慇懃に毒舌をかます彼は、気楽に軽口を楽しめる相手ではありません。滅多に無い笑顔の時でさえ口の端をわずかに歪める程度なので、機嫌が読めないのです。腹を抱えて笑い転げた経験なんか、生まれてこの方一度も無いんだろうな、と決めつけたくなるくらい気難しい。ただでさえ185センチはあろうかという上背と鋭い眼光で威圧感たっぷりなのに、ユル・ブリンナー張りの完璧なスキンヘッド。そんなパンチの利いた容貌で機関銃のようにまくしたてるので、気圧されないよう始終気を張っているのですが、

「あ、それってこういうことですね?」

と軽く合いの手を入れたつもりが、

「違う。黙って聞け。」

とぶっきらぼうに斬り返されることもしばしば。これまでに何度か、「あ、怒らせちゃったかな」と、ひやりとしたこともあります。しかしこつこつとサポートを続けるうち、少しずつ態度の軟化が進んで行きました。メールの返信も、Ta からThanks、そしてThank youへゆっくりと変化。こういうことに、仕事の喜びを見出している私。

常々、うちのチームメンバーに聞かせている言葉があります。

“We are not in project management business. We are in hospitality business.”
「我々はプロジェクトマネジメントのビジネスをしているんじゃない。ホスピタリティ(おもてなし)ビジネスをしてるんだ。」

やや極論なのですが、プロジェクトコントロールという仕事の本質はあくまでサポートであり、自分達が表舞台に出てはいけない、と伝えたいわけです。プロジェクトマネジメントに関する豊富な知識を土台に、PM達が日々快適に働けるようあらゆる角度から彼らを支えるのが我々の仕事なんだ、と。スケジュールやコスト管理の他にも、「書類をクライアントに大至急送らなきゃいけないんだけど、フェデックス様式への記入方法が分からない!」みたいな、職域外のヘルプ要請にもにっこり笑顔で応え、必ず「何とかして」しまう。

この「徹底して相手をサポートする」姿勢を学んだのは、20年前に日本で読んだ一冊の本がきっかけでした。

究極のサービス(原題Ultimate Service)」は、5つ星ホテルのコンシェルジュだったホリー・スティール(Holly Stiel)が著した、おもてなしの指南書。毎日怒涛のように襲い掛かるかぐや姫的無理難題を、鮮やかに解決していくコンシェルジュの仕事について書かれた本なのですが、ホテルと無関係の仕事をしていた私でさえ大きな衝撃を受け、その後の人生がすっかり一変しました。そこには、大抵の仕事に共通する「ピンチをどう切り抜けるか」というテーマに対する答えが満載なのです。

当時夢中で付箋を貼った箇所は今読んでも、ううむと唸らされます。たとえばこれ。

「正しいかどうかは問題外。」クレームを受けたら、このフレーズを繰り返してみましょう。(中略)たとえ自分が正しくてもそれがお客様に認められないという不条理は無数にあります。自分はいつでも正しくなければならないという考え方をあきらめたとき、精神的に大きく成長したと言えるでしょう。

それから、こんなのも。

昔の同僚はストレスがピークに達した時に大変役立つ方法を知っていました。マイケルは指を鳴らして、私に「ディスココンシェルジュの出番だ」と宣言し、それから二人でリクエストとストレスのラッシュを文字通り踊りぬくのです。

先日数カ月ぶりにオレンジ支社へ出張する用事が出来たので、早速リチャードとのミーティングを申し込みました。いつも電話だけなので、機会がある度に顔を合わせておかないと、と思ったのです。多忙な人なので、30分だけという約束ですが。彼は私に着席を促すと挨拶もそこそこに、コスト予測の積み上げと経営状況報告書の作成を早口で指示。それからわずかに微笑んでこう言いました。

「このまま順調に行けば、かなり大きな利益率でプロジェクトを終了出来そうだ。君のサポートに感謝してる。」

過去数千件のプロジェクトをサポートして来た私から見ても、彼のプロジェクトの利益率の高さは異例です。

「それは良かったですねえ。これほどの好成績でプロジェクトを締められれば、会社から表彰されてイントラネットのトップに顔がでかでかと載るかもしれませんよ。」

そう祝福する私に、急に表情を曇らせて素早く顔を左右に振りながら、リチャードがこう反応しました。

“No no no! That’s not me.”
「ノーノーノー!そんなの俺のスタイルじゃない。」

あ、ヤバい、これは地雷踏んだか?と思った次の瞬間、彼が無表情でこう続けました。

“My head is too shiny.”
「俺の頭はまぶし過ぎるだろ。」

彼とタッグを組んでから約二年、ようやく聞けた自虐ジョーク。ミーティング後しばらくの間、この仕事の醍醐味を静かに噛みしめる私でした。


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