2014年5月3日土曜日

Magic City マジック・シティ

先月のデンバー出張中、同僚デニースからメールが届きました。

Billings でトレーニングやってくれない?私が頼まれたんだけど、これから数週間休暇を取るから、都合がつかないのよ。」

え?それどこ?Billingというのは、請求書 (bill) を発行する仕事。その業務担当者を集めてトレーニングしてくれってことかな?だったら、なんで畑違いの僕が?

さっそくデニースにメールで質問します。

「それ、どこのこと?」

彼女からの返信が、これ。

“Billings, Montana.”

え~?モンタナ?それってどのへんだっけ?すぐにグーグルマップをチェックしたところ、モンタナとはカナダとの国境沿いにある北国の州。ここに、Billings という名の街があるのです。うちの支社がそんなところにあるとは知りませんでした。

そんなわけで、モンタナ州ビリングス市に来ています。飛行機が着陸態勢に入った段階でさえ岩と緑だけの景色がどど~んと広がっていたので、牧場や畑の中にぽつんと建っている小屋みたいなオフィスをイメージしちゃいました。ところが、これがなかなかの街なんです。高層ビルの数は少ないものの、ダウンタウンにはオシャレな建物が並んでいます。ウィキペディアで調べたところ、ビリングスはモンタナで唯一、人口10万人を超える市。都市の発展の元となった鉄道会社の社長の名前を取って、ビリングス市としたそうです。

我が社のオフィスはダウンタウンの真ん中に立つ、小ぎれいな四階建てビルの三階。総勢わずか8人!

「今までこの支社には、誰もトレーニングに来てくれなかったんだよ。規模が小さすぎるからね。僕は今年移ってきたばかりだから例外だけど、みんな見様見真似でプロジェクトマネジメント・プログラムを使ってる。きちんと理解している人はいないと思うよ。」

と、勤続10年のマットが笑います。セントルイス支社から転勤して来たという彼に興味が湧いた私は、はるばるモンタナまで移ってきた理由を尋ねました。

「あっちじゃどんどん仕事がなくなってるからね。このままじゃジリ貧だ、と危機感が膨らんでね。一方この支社は拡大中で、今も二人雇おうとしてるんだ。ここにいれば、当分仕事にあぶれる心配はなさそうだよ。」

「石油関係のビジネスが好調なんだってね。ウィキペディアで見たけど。」

「うん。こんな小さな街だけど、景気はものすごくいいんだ。全米を襲った住宅バブル崩壊の影響も、全く受けなかったんだよ。それで、Magic City (マジックシティ)なんていう愛称までついてる。」

私の周りにも仕事量が減って困っている人が沢山いますが、はるかモンタナまで引っ越すなんていう発想あるかなあ?マットの勇気に感心しました。

さて、肝心のトレーニングは順調に終了。総務のジェニファーに、どこか晩飯食べるのにいい店ある?と尋ねたところ、お勧めリストを送ってくれました。さっそく昨晩、ちょうどホテルの目の前に立つWalkers という小ぎれいなバー&レストランに入ります。
カウンターに座ると、若い白人女性のバーテンダーが優しい笑顔で迎えてくれました。

「本日のスペシャルがありますけど、どうします?」

「それは聞きたいですね。」

彼女が紹介してくれた二つのスペシャル・メニューを選びあぐねていると、横にいた男性バーテンダーが、私は断然一つ目を推しますね、と口を挟みます。

「病みつきになるくらい美味いですよ。」

そんなに言うなら、と注文したのが、「鶏レバーのパテとザクロジャム」。

一口食べてみて、ぶったまげました。なんなんだこのウマさは!感動のあまり放心していたら、空席をひとつ挟んで右隣に座っていた女性客が、

「それ、何?」

と尋ねて来ました。一見して金持ちそうな、50代後半と見られる白人女性。映画の女優さんみたいに、一分の隙も無い化粧。さっきまで隣に座っていたお友達とみられる別の女性がトイレに立ったので、きっとヒマになったのでしょう。青い目に、興味津々といった表情が浮かんでいます。少ない語彙を駆使して美味しさを丁寧に説明してみましたが、なかなか伝わりません。

「ちょっと食べてみます?」

と冗談交じりに勧めると、

「そんな、いいわよいいわよ。」

とまともに断ります。私が笑い、彼女も笑います。これで打ち解け、二人で色んな話をしました。彼女がこの街のコンドミニアムに住んでいること、息子さんがサンフランシスコの近くで働いていること。私がトレーニングの講師としてビリングスに短期滞在していること、などなど。

「私、来週南カリフォルニアに遊びに行くの。」

「え?僕はサンディエゴから来たばかりなんですよ!」

南カリフォルニアとモンタナを繋ぐ長い二本の糸が、こんなところで重なった。マジカルな偶然に、ちょっと感動。そこへ彼女の友人が戻って来たので、会話は終わりました。

食事を終え、店を出てホテルに戻ろうとしていたら、ちょっと前に出て反対方向に歩いていた先ほどの婦人二人が、遠くから「バァ~イ!」と手を振ってくれました。

マジック・シティの素敵な夕暮れでした。


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