2010年12月31日金曜日

アメリカで武者修行 第32話 君をどんどん鍛えるからな。

四月の第二週。サンディエゴ支社での仕事を正式に開始しました。高速道路15号線沿い、オフィスパークの一角にある建物で、敷地の裏にはこじんまりとした牧場があり、数頭の馬がのんびりと草を食んでいます。レイオフの嵐を潜り抜け、先にここへ無事に流れ着いていた仲間達が、最後に漂着した私を温かく迎えてくれました。経理担当のシェイン、環境調査担当のティルゾ、そして我が戦友、ケヴィン。彼は既に窓付きの特大オフィスを与えられており、上下水道部門の若きエースという風格を漂わせています。

私はと言えば、プロジェクト・コントロール・エンジニアという立派な肩書きを貰いましたが、その実は「少々年を食った新米社員」。新卒のエンジニアと同じように、小ぶりなキュービクルにおさまって、新しいキャリアのスタートです。所属は、プロジェクトデリバリー部のプロジェクトコントロール課。同じ課の社員は全米のあちこちに散らばっていて、サンディエゴ支社にいるのは、私とボスのエドの他、エリカという女性社員です。
「よろしく。分からないことがあったら何でも言ってね。」
エドと同様、人柄の良さが滲み出す温かい笑顔。

彼女と少し話すうちに、どうして私がエドに拾われたのかが分かりました。数年前、大企業による不正会計操作事件が続々と発覚し世間を騒がせたことがありましたが、その反省から企業内の経営コントロール強化が法律で義務付けられたのです(サーベインズ・オックスリー法)。それで我が社もプロジェクト・コントロール課の増員が急務となり、私が雇われる運びになったのです。
「悪事を働いた人達が結果的に僕の苦境を救ってくれた、というわけだね。」
と私が笑うと、
「そうね。彼らに会うことがあったら、有難うって言わなきゃね。もっとも、当分は檻の中でしょうけど。」
とエリカ。

ボスのエドは、短い業務説明の後、
「七月に、二週間休みを取ってワイフとイタリアに行く予定なんだ。それまでに俺の代わりが務まるよう、君をどんどん鍛えるからな。」
と微笑みました。さっそく翌日から、大型プロジェクト20件を対象にした、二日連続の月次レビュー会議に同席しました。
「いずれは君にこの会議を仕切ってもらうからな。しっかり頼むぞ。」
とエド。

日本で働いていた頃も、これと似た会議はありました。しかし、電話会議という形態は初めてです。レビューを担当する重役達も、評価を受けるプロジェクトチームも、全米各地に散らばっています。一堂に会して実施するのは困難で、この形態を取らざるを得ないのです。今回は、仕切り役で副社長のアルがウィスコンシンからやってきて、エドと私、それにエリカと四人で会議室にこもり、ヒトデ形のスピーカーフォンを囲んで座りました。

指定時刻になると全米各地から続々と電話が入り、
「デビーよ。みんないる?」
「ミッキーだ。今日は寒いな。サンディエゴはどうだい?」
などと出席者を確認してから会議を始めます。参加者は常に十五人を超えます。エドがパソコン上に各プロジェクトの経営データを開いてスクリーンに投影し、アルや私はこれを見ながら会議を進めます。エリカは議事録係。出席者はネットミーティングという機能を使い、自分のパソコンでエドのパソコン画面を見ながら討論するのです。

プロジェクトマネジャー達は大抵一人で近況報告をし、それから重役達の質問に答えます。しかしそれは時に、詰問、尋問、拷問へとエスカレートし、答えに少しでも詰まろうものならたちまち袋叩きに会います。スケジュールの遅れ、クライアントとのいざこざ、品質管理など様々なテーマが話し合われるのですが、議論の焦点は詰まるところ、「どうやって金を回収するのか」。キャッシュフローが滞れば、自然とプロジェクトマネジャーに対するプレッシャーもきつくなって行きます。以前見た「フェイク」という映画で、アル・パチーノ演ずるマフィアの中堅幹部ソニーが、
「俺はラスティさんに毎月五万ドル納めなきゃならねえんだ。分かってんのか?これは遊びじゃねえんだぞ!」
とたるんだ手下どもをどやしつける場面がありましたが、本質的にはこれと何ら変わりません。命をとられることこそありませんが、いつクビになっても不思議はないのですから。かつての私の上司、マイクが毎月だんだんと怒りっぽくなっていったことを思い出し、今更ながら合点がいきました。

そんな緊迫した会議の連続ですが、もっとも緊張する瞬間が、それぞれのレビューの終了間際。アルが決まり文句のようにこう言うのです。
「さあ、誰か質問はないかな?ファイナンス・グループの諸君は?エドは?ない?それじゃあシンスケ、最後に何か質問は?」
質問なんてあるわけないじゃないですか!議論の中身は、99パーセント理解出来ないんですから。そもそも電話を通して聞く英語が分かりにくいのに加え、専門用語や略語がポンポン飛び出して、もうちんぷんかんぷん。必死に理解しようと努めても、為すすべも無く会話が猛スピードで頭の中を素通りして行きます。大変なのは、むしろ眠気との闘い。会議机の下で、太腿のあちこちをつねってこらえる私。二日間の会議が終了してスピーカーフォンのスイッチを切り、アルがエドと世間話を始めた時には、私は疲労困憊の態でした。

アルとエドの話題は、プロジェクトマネジメント講習会のことに移りました。我が社はこの年から、東海岸の各支社を皮切りにプロジェクトマネジャーのための集中トレーニングを開始したのです。エドは北米とカナダの諸都市を飛び回り、毎回教鞭をとっているのだとか。PMP(プロジェクト・マネジメント・プロフェッショナル)の資格取得に向けて受験勉強を進めていた私は、この話題に食いつきました。教科書と問題集で基礎的な知識はほぼ吸収し終えていたため、そろそろおさらいのための講習を受けたくなっていたのです。サンディエゴではいつトレーニングが開催されるのか聞き逃さないよう、耳をそばだてていました。その時アルが、エドにこう尋ねました。
「君も大変だろう。人が少ないからその度に出張しなきゃいけないものな。秋の西海岸シリーズには社外から講師を補充しようか?」
するとあろうことか、エドがこう答えたのです。
「いや、これから急いでシンスケを鍛えるから大丈夫ですよ。」
するとアルがこちらを向いて、
「そうか、じゃあ秋からの講習会はシンスケに助太刀してもらおうじゃないか。」
冗談とも本気とつかぬ、二人の笑顔。反射的に、右手の拳を上げてガッツポーズで応えてしまった私でした。

緊張感に満ちた、新しい職務のスタートになりました。

2010年12月29日水曜日

Scrupulously explicit 一点の曇りも無く明瞭な

最近、三島由紀夫の「金閣寺」を拾い読みしています。使っているのは同じ日本語なのに、書く人が書くと一級の芸術品になっちゃうんだなあ、と一々唸っています。

「あの行為は砂金のように私の記憶に沈殿し、いつまでも目を射る煌きを放ちだした。」

う~ん、どうしてこんな表現を思いつくんだ?天才とはこういう人のことを言うんだろうなあ、とため息が出ます。ひとつ難点を言えば、彼の文章は一行一行が美しすぎて、ついついそこで立ち止まっちゃうこと。まるで美術館に陳列された豪華な反物をひとつひとつ眺めているようで、テンポ良く先へ進めない。

さて、私のボスのリックのそのまたボスに、クリスという副社長がいるんですが、彼の放つ言葉の壮麗さと言ったら、まさに三島レベルです。

先日の電話会議でのこと。クライアントから無理やりあてがわれた下請け会社の男が、まるで働かないという話になりました。その男のせいで工期が著しく遅れ、我々のコストも大幅に上がっているのです。この電話会議の前日、業を煮やしたクライアントが、遂に「奴をクビにせよ」と指示して来たというので、一同喜んでいたところ、クリスがこう言いました。

「ここは慎重に動く必要があるぞ。いくらクライアントからのお達しとは言え、下請け契約はあくまでもこの男と我々との間の話だ。ヘタをすると訴訟になるぞ。ここはもう一度契約書の条項を入念に洗い直し、彼をクビにすることの正当性を確認しなければならん。そして彼に対し、一点の曇りも無いほど明瞭な手紙を書かなくては。」

最後の部分を、クリスはこう表現したのです。

“We’ll have to write a scrupulously explicit letter.”

スクルーピュラスリィ エクスプリスィット??こんなフレーズ、初めて。Scrupulous というのは「きちょうめんな、慎重な」という意味で、explicit は「明確な、明白な」ですが、この畳み掛け方は尋常じゃない。私はただただ感心し、その後の議論をすっかり聞き逃してしまいました。

翌日、同僚マリアにその話をしたところ、
「すご~い。その単語のコンビネーションは、今まで一度も聞いたことないわ。」
と目を丸くしていました。これはネイティブ・スピーカーをも驚嘆させる、芸術的なフレーズなのでした。

2010年12月25日土曜日

On the back burner 後回し

昨日のこと。クリスマス目前で休みの人が多いため、仕事がピタリと止まっています。誰からもメールが来ない。ヒマ人同士、同僚リチャードと話していた時、
「あまりにもヒマだから、保険金請求用のレシート整理をすることにしたよ。ずっと後回しにしてたんだ。」
と言いました。この時、「ずっと後回しにいていた」の部分を、英語でこう表現しました。

It has been on the back burner.

ちょっと自信が無かったので、このフレーズがシチュエーション的に正しいのかどうか尋ねたところ、正解とのこと。ほっとしました。

この言い回し、サンディエゴで働き始めた8年前に同僚ケヴィンから聞いたのが最初でした。この時、二つの点で混乱しました。「バーナー」と聞くと、炎の力で鉄板などを焼き切ったりする道具を想像してしまうのですが、これは日本語でいう「キッチンコンロ」を意味しています。ここに「バック」を付けることで、「キッチンコンロの奥の方」となるわけなのですが、「バーナー」が横に二つ並んでるパターンに慣れていた私は、「奥の方ってどういうこと?」と疑問符アタマになっちゃったのですね。

でも、アメリカのキッチンコンロって、四つついてるのが標準みたいなんです。だから「奥の方のコンロに置いてある」、つまり「後回しにしている」というイメージがOKなんですね。今年でアメリカ暮らしも10年の私。ようやく違和感無く使えるようになったイディオムなのでした。

2010年12月24日金曜日

You Rock! あなたって最高!

火曜・水曜と二日に分けて、ウェブを使ったトレーニングを実施しました。生徒は、ラスベガスにいるエリカ、そしてヴァージニアにいるカレン。アシスタントは同僚マリアです。エリカとカレンは、来月スタートする巨大プロジェクト・レビューのコーディネータを務めることになっていて、それには我が社のプロジェクト・マネジメント・ソフトウェアの操り方を熟知している必要があります。それで私に、急遽トレーニングを依頼してきたというわけ。

さて、昨日木曜日はクリスマス連休の一日前とあって、オフィスが幽霊屋敷状態。電話もかかって来ないしメールもほとんど届かない。サンディエゴ支社は「コの字型」の建物になっているのですが、私の働くウィングには昨日、私ひとりしかいませんでした。

3時ごろ帰り支度をしていたら、エリカからメールが届きました。

Thanks for the awesome training the last two days. It was very helpful.
二日間、素晴らしいトレーニングを有難う。すごく助かったわ。

そして、こう文章を締めくくっています。

You Rock!!!
あなたロックする!!!

う~ん、何だこれ?ポジティブな響きは伝わるんだけど、なんで「ロック」なの?で、調べたところ、これは「すごい」とか「最高」とかいう意味で、もともとはロックン・ロールから来ているのだろう、とのこと。

中庭を挟んだ向かいのウィングで、この日同じように寂しくひとり仕事していたリチャードのところへ行き、確認します。
「これ、great (グレート)とか awesome (アーサム)とはどう違うの?」
「同じ意味だけど、すごく近しい人にしか使わないな。」
「上司には?」
「使わない方がいいんじゃないかな。たとえ長く一緒に仕事した相手でも、本当の意味で打ち解けてなければ使わない表現だと思うよ。」

エリカとは、公私に渡り、長年の付き合いを続けてきた間柄です。最高級の褒め言葉をもらったんだなぁ。

You Rock!!!
あなたって最高!!!

2010年12月20日月曜日

It’s raining cats and dogs! 土砂降りだよ!

週末から雨が降り続いています。カリフォルニアの北部では、豪雨に見舞われて土砂崩れ警報を受けている町もあるそうです。

中庭に降りしきる雨を眺めながら、元ボスのエドに、
「Rain cats and dogs って古い言い回しがありますけど、今でも使うんですか?」
と尋ねてみました。すると、
「ああ、しょっちゅう聞くよ。竜巻で巻き上げられた犬や猫が空から降ってくるほどの嵐、っていう絵をイメージしてるんだけど、違うかな?」
それは竜巻の凄さであって雨の降り方とは関係ないよな、と心の中でけちをつけながら同僚リチャードに同じ質問をしたところ、やはり普通に使っているフレーズだとのこと。
「ちょうど今朝、語源を書いたメールが回ってきたんだよ。転送するね。」

このメールによると、
「昔の家は気密性が低く、屋根を葺いたワラの中が一番暖かかった。犬や猫はよくその中に忍び込んで眠ったが、大雨が降るとこれが上から落ちて来た。」
が語源だというのですが、どうも信憑性に欠ける気がします。猫はともかく、犬が屋根に上るだろうか?

色々調べたところ、一般に受け入れられている説は五つ以上(迷信から来ている、ギリシャ語から来ている、とか)あり、ウィキペディアでは「語源不明」とされています。しかしどれもこれもピンと来ない。どこか無理があるんだよなぁ。

調べを進めるうち、ようやく私にも納得できる回答が見つかりました(正しいという保証はないですが)。

このフレーズが初めて公式に使われたのは、「ガリバー旅行記」のジョナサン・スウィフトが1738年に出した “A Complete Collection of Polite and Ingenious Conversation” だそうで、ここにこんなセリフが出てきます。

“I know Sir John will go, though he was sure it would rain cats and dogs.”
「サー・ジョンなら行くだろう。土砂降りになることを彼は知っていたけれど。」

そしてその28年前、スウィフト自身の書いた詩にこんな一説があるそうです。

Sweeping from butchers’ stalls, dung, guts, and blood;
肉屋の屋台から糞やら内臓やら血が流されてきて、
Drown’d puppies, stinking sprats, all drench’d in mud,
溺れた子犬やら臭いを放つ魚やらが、泥の中でびしょ濡れだ。
Dead cats, and turnip-tops, come tumbling down the flood.
死んだ猫やカブのヘタが大水の中でぐるぐる暴れまわってる。

ものすご~くグロテスクだけど、これでしょ、これ!犬や猫が「押し流されてしまう」ほどの豪雨。「天から降ってくる」よりもよっぽど筋が通ってる。当時のスウィフトなら、「あぁ、あのガリバーの!」って感じで売れっ子だったに違いないし、自ら創作した表現を後に自著の中で「皆さんご存知の」ってノリで用いたとしてもおかしくない。

私はこの語源を信じることに決めました。

2010年12月19日日曜日

Distinct Voice 独特な声

先日、カマリロまで走って二日間滞在し、プロポーザル作りの手伝いをしました。この支社を訪問したのは初めてで、もちろんプロポーザル・マネジャーのマイクとも初対面。彼の奥さんが日本人だという話からたちまち打ち解け、急ごしらえながら強力タッグで仕事を進めました。
「そうだシンスケ、このオフィスにいるチーム・メンバーを紹介しておくよ。」
マイクに連れられ、部屋をひとつひとつ訪ねて回りました。
「あ、大事な人を忘れるところだった。あそこで立ち話している男性がいるでしょ。」
そう言って廊下の先に立っている二人の男性を指差した後、彼がこう言いました。

“The guy with a distinct voice.”
ディスティンクトな声の持ち主。

この時、distinct という単語が頭に張り付きました。かっこいい響きだな、というだけの理由ですが。

しかしその後、意味を考えるにつれ、頭が混乱し始めました。Distinct と Distinctive はどう違うんだろ?どっちも形容詞で、辞書を調べても同じように「独特な」という意味になってます。で後日、同僚達に質問して回ります。するとなんと、マリア、リチャード、そして弁護士のラリーまで、空を見つめて黙っちゃったんです!これは、ネイティブ達をも困らせる、超難問だったのですね。「じゃ、宿題ね。明日また聞くから。」と言い残して立ち去ったのですが、その晩リチャードが、律儀にも回答を送って来ました。

それによると、distinct は「はっきりそれと分かる、他と区別出来る」という意味で、distinctive は「個性的な」というニュアンスなのだそうです。

The hallway has a distinct smell of soap.
廊下で石鹸の匂いがしてるのはちょっと普通じゃないのでこう表現してる。

The bathroom has a distinctive smell of Ivory Soap.
この場合、石鹸の中でも「アイボリーソープの匂い」と特定している。

う~ん、なんだか分かったような分からないような。

「じゃさ、彼は distinct voice の持ち主だ、というのと distinctive voice の持ち主だ、という表現はどう使い分けるの?」
と、翌朝尋ねてみました。するとリチャードはこう答えます。
「僕がその人を個人的に良く知ってたら、 distinctive を使うと思うよ。大して知らない人の声を指す場合なら、 distinct voice って言うだろうな。」

今度は分かりました。勉強になりました!

2010年12月17日金曜日

That’s water under the bridge. すんだ事だ。

本日も、マネジメント層とプロジェクト・マネジメント・チームとの電話会議がありました。最終コストの予測をめぐって議論が紛糾します。大ボスのエリックが、チームの過去の意思決定について恨み言を言います。
「クライアントにこの件を依頼された時に、変更申請をすべきだったんだよ。」
プログラム・マネジャーのダグがこれに同意します。
「エリックの言う通りだ。もう少し注意深く対応していれば…。」
一同、悔しげに唸ります。その時、エリックのコメントが私を煙に巻きました。

“That’s water under the bridge.”

え、何?橋の下の水?

真っ先に頭に浮かんだのが、印象派の巨人モネの、「睡蓮の池 緑色のハーモニー」。橋の下の水がどうしたっていうの?

まだ緊迫した電話会議が続いているというのに、ネットをあちこち覗いて調べました。なんと、この「水」は「川」のことだったのです。「橋の下の川。」橋から見下ろした川は常に流れていて、いつまでもそこに留まってはいない(モネの絵じゃ、水は淀んでるけど)。つまり、過ぎてしまったこと、起きてしまったことはどうしようもない、あれこれ言うのはもうやめよう、という意味ですね。

あとで同僚マリアの部屋を訪ね、
「That’s water under the bridge. ってフレーズ、使うことある?」
と聞いてみました。
「そうね、できれば口にしたくない表現よね。だって、何か嬉しくないことが起きた時に使われる言い回しだもの。」
とのコメントでした。

このフレーズを使うためには、誰かの過去の過ちをわざわざ蒸し返す必要がありそうです。

2010年12月16日木曜日

Mumbo Jumbo わけのわからない話

年末です。期末決算の数字がこの一週間の行動にかかっているので、管理職が皆ピリピリしています。今日の電話会議で、大ボスのエリックがこんなことを言いました。

“I’m sorry to get you involved in this financial mumbo jumbo.”
「君たちを財務上のマンボ・ジャンボに巻き込んですまないな。」

マンボ・ジャンボ??

これ、わりと良く耳にする表現なのですが(マンボゥ・ジャンボゥという発音)、今日まで意味を知らずにいました。もちろんすぐに調べましたが

これは、池袋のサンシャイン水族館にいる巨大なマンボウのことでもなく、マンボ楽団の名前でもなく、ヤンマー提供の天気予報に出てくるキャラクターのことでもありません(ちょっとしつこいか)。

Mumbo Jumbo とは、わけのわからない話や儀式、手続きなどを差すのだそうです。たとえば、我々エンジニアの話す技術的な内容は、経理の人にとってはマンボゥ・ジャンボゥだし、逆もまた真なり。そもそもは西アフリカの守護神の名前だそうですが、どこかの部族が良く分からない神を崇拝しているというところから、「意味の分からない儀式」という意味に転化したようですね。

2010年12月15日水曜日

Omen 前兆

昨日、観葉植物の水遣りに来ている外部業者のメアリーが、日曜に起きた不思議な出来事について話してくれました。

旦那さんと二人、コンバーチブルのSUVで出かけた帰り、つづら折りの山道を運転していた彼女。日もすっかり暮れ、顔に受ける風が冷たくなってきた頃、突然左のこめかみに激しい衝撃を受けました。一瞬ショックで口が聞けなかったのですが、助手席の旦那に、
「何かが飛んできて私の頭に当たった!」
と伝えました。山道で暗かったこともあり、二人にはぶつかったモノの正体が分かりません。
「車を停めよう!」
と提案する旦那さん。
「路肩が無いのよ。こんなところで停めたら後ろから来た車に激突されるわ。」
頭に衝突した後、肩に滑り落ちていた得体の知れないものが、今度は座席の背と自分の背中との間にずるずると落ちて止まりました。それが微妙に動いています。
「鳥じゃない?すごく大きい鳥よ!」
パニックに陥るメアリー。1マイルほど走ったところで、ようやく路肩を見つけて停まりました。後ろを見ずに車を飛び降りる彼女。背後で旦那さんがその物体に手を伸ばすのが分かります。
「ふくろう(Owl)だよ。ふくろうが飛んできて君にぶつかったんだ。こりゃ大きいぞ。見てみるかい?」
「やめてよ。見たくないわ。何とかして!」
「分かった。このまま地面に下ろすよ。」
「死んじゃったの?」
「う~ん、分からない。多分生きてると思う。気絶してるんじゃないかな。そのうち息を吹き返すだろう。」
運転代わるよ、とご主人に言われ、
「ダメ。ただじっと座ってたら余計なこと考えちゃうから、運転続けさせて。」
とエンジンをかけるメアリー。

「一体全体、どうしてふくろうが私の頭にぶつかって来たのかしら?百万分の一もない確率でしょ。私、ミシガンやコロラドの田舎に住んでたこともあったけど、これまでふくろうを目撃したことすら無かったのよ。」
と、いまだに興奮さめやらぬ様子の彼女。
「まさか南カリフォルニアでそんな目に会うとはね。」
と私。旦那さんにこう言ったそうです。

“Is this a good omen or bad omen?”
「これは良い前ぶれ、それとも悪い前ぶれ?」

オーメンというのは前兆、とか神のお告げ、という意味ですが、映画「The Omen」の強烈な印象のお陰で、不吉な言葉だとばかり思っていました。極めて中立な単語だったのですね。

2010年12月14日火曜日

Jinx 不運をもたらす

今朝、プロジェクトマネジメントのソフトウェアの動きが異常な遅さだったので、同僚マリアのところへ様子を見に行きました。
「システム、ちゃんと動いてる?」
すると彼女は、
「私のは大丈夫だけど。」
と答えます。
「そうか、じゃ、僕のコンピュータの問題かな。」
首を傾げながら自分の部屋に戻ったのですが、一分ほどしてマリアがやって来ました。

“You jinxed me!”

「シンスケに言われた途端、ものすごくスローになっちゃったじゃない!」
と笑いながら文句を言ってます。

ジンクスという言葉は、「2年目のジンクス」のように、のろいに似た悪運を表す表現として記憶していました。動詞として使われるのを聞いたのはこれが初めてなので、説明してもらいました。
「シンスケが不運をもたらしたってことよ。」

なるほどねえ。帰宅して語源を調べてみると、古代ギリシャ語で iunx と呼ばれる、挙動不審な鳥(キツツキの一種で、英語ではwryneck)にまつわる迷信から来ているという説が有力みたいです。しかしこれも定かではなく、あるサイトでは、 “Captain Jinks of the Horse Marine” という歌が最初だ、という説が紹介されていました。ドジな兵隊のキャプテン・ジンクスが隊を追い出される、という話だそうです。ま、こういうのは語源にこだわらず使うことにしよう。

2010年12月13日月曜日

Entourage 取り巻き

土曜の晩は、サンディエゴ支社のホリデー・パーティがありました。高速8号線沿いに「ホテル・サークル」と名のついたホテル密集地帯があるのですが、その中のひとつ、ダブルツリーホテルの宴会場を借りてのイベント。配偶者または恋人同伴で出席するならわしなので、うちも夫婦で参加しました。円卓で隣に座ったのはケリーとその恋人、トム(だったっけかな?)。女子社員の彼氏が彼女の勤める会社の忘年会に来る、というのは日本ではあまり聞かないけど、こっちじゃ当たり前みたいです。

ケリーは、私が高速道路設計プロジェクトに参加した頃、はす向かいのキュービクルで働いていました。当時は彼女、大学を出たばかりで初々しかったのですが、今じゃ立派なレディです(表現がオヤジっぽいが)。あのプロジェクトの後、会社を三つ替わり、巡り巡ってまた私と同じ職場に。まさに、 “It’s a small world!” です。

今回初めて知ったのですが、ケリーは数年前、転職の合間に8ヶ月だけ中国に渡り、英語の教師をしたというのです。上海から内陸に2時間ほど入ったところにある小さな町で、滞在中、他の白人とは一度も会わなかった、というくらいの田舎。
「皆にじろじろ見られたんじゃない?」
と聞くと、
「見られたなんてもんじゃないわよ。どこへ行っても、あっという間に人だかりが出来るの。美容院に行ったらぞろぞろ人が集まって来て、床に落ちた金髪を持って行ったりするのよ。出勤しようと寮を出ると、大抵3人以上は誰かドアの前で待ち構えていて、私と一緒に歩こうとするの。一人の時間を作るのがとっても大変だった。」

「でもね、8ヶ月の勤務を終えてロスの空港に着いてみたら、誰も私のこと見てないの。人だかりが出来ないどころか、自分をじろじろ見る人がいないってことが、暫くは不思議で仕方なかったのよ。おかしいでしょ。」
と笑うケリー。その時、隣に座ってずっとニコニコしていた彼氏が口を開きました。

“Now you miss your entourage.”
取り巻きが懐かしくなったってわけだ。

この「Entourage (アントラージ)」というのは、「側近」とか「取り巻き」という意味ですが、ちょっとスペルが覚えにくい単語です。調べたら、フランス語由来だそうで、道理で、と思いました。政治関連のニュースなどでよく耳にするのですが、今回調べるまで綴りを知りませんでした。この機会に覚えてしまうことにしました。

綴りは、「エントウレイジ」と覚えましょう。遠藤怜司、って人の名前みたいだけど。

慰めの英語表現

サクラメント支社のデニスから、さきほどメールが入りました。数ヶ月前に私の参加したプロポーザルが、競合に負けたという報せ。しかもクライアントの採点表までが添付されています。プロポーザルそのものだけでなく、プレゼンに対する評価も三社中最下位。ガ~ン!!

まあ、よく考えたら私のような外国人を中心メンバーに据えて戦わなければならなかったのだから、勝てるわけが無かったんだよな。しかし、だとしても悔しい!それに、元上司のエドの代打として主役を買った手前、彼に対して申し訳ない気持ちで一杯です。

デニスからのメールをエドに転送して悪いニュースを伝えたところ、彼からこんな返信が来ました。

Don’t take it too hard.
あまり深刻に考えるなよ。

おお、この表現はシンプルだけど、人を慰める時に使えるな、と思いました。さらに彼がこう続けます。

Not sure if I would have done any better.
俺の方がうまく出来たかだって怪しいよ。

出ました仮定法!ずっと苦手にしてるんだよな、これ。いい機会なので、フレーズごとまるまる覚ることにします。

(I'm) Not sure if I would have done any better.

2010年12月11日土曜日

アメリカで武者修行 第31話 たわ言もいい加減にしなさい!

ある日のこと、州政府からプロジェクト・チームに派遣されていた若い男性社員のダリルが、私のキュービクルにやって来ました。
「シンスケ、この手紙、ちょっと見てくれる?」
渡された英文にざっと目を通してから顔を上げ、
「読んだけど、これがどうしたの?」
と尋ねると、
「僕が書いたんだけど、英語、おかしくない?おかしいところがあったら直してくれる?」
耳を疑いました。日本からやってきてまだ3年半。その私に英語をチェックしてくれだって?!
「よく書けてると思うよ。」
と感想を伝えると、
「そう、良かった。どうも有難う。」
「ちょっと待った。」
笑顔で去ろうとするダリルを慌てて呼び止め、こう質問せずにはいられませんでした。
「どうして僕に見てもらおうと思ったの?」
すると彼はポカンとした表情になり、
「えぇっと、誰だったっけ。誰かから、ビジネス文書はシンスケにチェックしてもらうといいって言われたんだよ。」

過去一年、弁護士である上司のリンダから、鬼のような英作文の指導を受けて来た成果が、初めて具体的な形で現れた瞬間でした。彼女の赤ペンで原稿が真っ赤に染まっていた日々のことを思い出し、感謝の気持ちが胸にこみ上げて来ました。

さて、待ちわびていたエドからの電話を受けたのは、二月中旬の月曜でした。
「ボスからの承認が下りたよ。来月初めから俺のところで働いてもらいたい。」
遂に失職の危機を脱したのです。急いで妻に電話をかけ、喜びを分かち合いました。リンダに伝えると、ニッコリと微笑んで祝福してくれました。ジョージもこのニュースを喜んでくれました。
「それは良かったな。しかし三月にサンディエゴ支社勤務がスタート出来るかどうかはまだ分からんぞ。クレーム文書の仕上げをそれまでに終えられるとは到底思えんからな。私からエドと話して調整しておく。」

翌日、エドから電話が来ました。
「ジョージが君を暫く貸してくれと言うんだが、今の仕事を仕上げるまでにどのくらいかかると思う?」
と尋ねます。およそ一ヶ月と答えると、
「分かった。それじゃあしっかり残務を片付けて、綺麗な身体でうちへ来てくれ。」
と言いました。

二月後半のある日、リンダが低い声でこう言いました。
「裁判に持ち込もうという動きを、彼らに勘付かれたようよ。ORGの上層部が、クラウディオに話し合いを申し出たんですって。」
およそプロフェッショナルとは思えない「知らぬ存ぜぬ」の手紙を元請会社ORGから受け取った直後、我々設計JVは、遂に最後の手段に出ることにしたのです。未解決のクレーム約五十本を束ねて裁判にかけるという作戦。最終決着をつけるべく、ひとつひとつのクレームを細かく点検し、モレやダブリを排除した損害請求額の積み上げ資料を作成するための、本格作業が始まりました。同じ建物の一角で働く元請会社の連中にバレないよう、極めて慎重に進めていたつもりだったのですが、ついに気付かれた、ということでしょう。

裁判になればマスコミにも取り上げられ、社会的信用失墜の憂き目を見ることは確実です。勝っても負けても双方が高額の弁護士費用を支払うことになるため、よほど巨大なプロジェクトでないと、こういう事態にはなかなか至りません。よもや裁判にはなるまいと、彼らも高をくくっていたのでしょう。

リンダと私の会話に途中から加わったティルゾが、こう付け足しました。
「うちのドキュメント・コントロール・システムの威力が、ようやく彼らにも分かって来たみたいだな。我々の裏づけ資料の質の高さに舌を巻いてるって話だよ。」
元請会社のORGは、恐ろしく旧態依然とした資料管理体制を維持しています。二人の女性社員が倉庫の戸口に机を並べ、問い合わせのあった資料を手書きの帳面から探し出し、番号を見ながらダンボール箱を引っ張り出す、というシステム。これでは、情報戦において我々と太刀打ち出来るわけがありません。

「トップ会談で訴訟回避という結論が出るかもしれないけど、どっちに転んでも損害賠償は請求するわよ。ぐうの音も出ない、完璧な書類を仕上げましょう。」
と、リンダが気合を入れます。PB社のアトランタ・オフィスから送り込まれたプロジェクト・コントロールの専門家フランクがデータをまとめ、それを受けて私が図表を作成、リンダが文書を練り上げるというチームプレーが、来る日も来る日も続きました。どのタスクのために誰が何時間働いたが、契約上は何時間という前提だった、という比較表を作ったり、コンピュータのサーバー使用料の分担額を決めるため、過去十数ヶ月の名簿を集めて各社の人数表を作ったり、と極めて地味な、しかし忍耐力を要求される業務です。

その間にクラウディオとジョージは、プロジェクトオフィスで働いて来たメンバーのほぼ全員を引き上げさせました。自分のオフィスから派遣されていた者は元のポジションへ戻り、このプロジェクトのために外部から雇われた者は解雇、という形で。総務・経理担当のシェインや環境担当のティルゾは、サンディエゴ・オフィスへの異動が決まりました。

最盛期には60人ほどいたチームですが、今ではクラウディオとリンダ、それにフランクと私の4人だけ。運命とは皮肉なもので、不慣れな契約の仕事についたお陰で、ここまで生き延びて来られたのです。もしも私が技術屋として雇われていたら、とっくに解雇されていたことでしょう。

その後、データ整理にけりをつけたフランクがアトランタへ戻り、とうとうリンダと私、そしてクラウディオの3人だけとなりました。建物のコーナーにある二部屋を三人で分け合い、残りは完全な無人。まるで幽霊城の一角に灯りが点っているような、不気味な光景です。

4月後半。クレーム文書の作成も大詰めを迎えたある日、リンダが書類を手に私の横に立ち、興奮した声で言いました。
「これは私が頼んだ積み上げ方と違うわ。どういうこと?」
渡された書類に目を通し、私が答えます。
「いえ、頼まれた通りですよ。契約外(Out of Scope)と明確に判断できるタスクに絞って積み上げたつもりです。」
「グレーな部分も加えるはずだったでしょう?」
「それはおかしいんじゃないですか?ひとたびグレーな部分を含め始めれば、クレーム全体の境界線が曖昧になって、裏付け資料としての強さを失ってしまうと思うのですが。」
リンダの顔がみるみる紅潮してきました。
「つべこべ言わずに私の言う通りにするのよ。」
鬼の形相です。ふと気がつくと、私は彼女の目を正視し、こう静かに答えていました。
「いいえ、それは出来ません。明確に契約外と言い切れる案件のみを積み上げるべきだと思います。」
不思議なくらい冷静でした。臆することなく、己の信ずるところを彼女に伝えようとしていました。
「Bullshit! (たわ言もいい加減にしなさい!)」
彼女はそう叫ぶと、肩を怒らせて部屋を出て行きました。少し間を置いて、リンダに本気で刃向かったのはこれが初めてなのだという自覚が脳に到達しました。顔がどんどん赤くなって行くのを感じます。一人残された私は、自分の鼓動を大音響で聞いているような気分でした。しかし五分ほどして戻ってきた彼女は、ケロリとした笑顔で私の机の端に腰掛け、穏やかな声で謝罪しました。
「さっきはごめんなさい。あなたの言う通りよ。そのまま続けてちょうだい。」

その翌日、久しぶりにプロジェクト・オフィスにやって来たジョージが、
「シンスケをこれ以上プロジェクトに留めておくことは出来ない。新しい仕事も滞っているし、彼をこの任務に就かせたことで何万ドルか余分に予算を使ってしまったからね。」
と、4月の最終金曜日に私を引き上げさせることをクラウディオに告げました。この後のクレーム文書の行方は、リンダの双肩にかかることになりました。

そして最終日の夕方。がらんとした部屋で椅子に腰かけ、こちらを振り向いたリンダに、まるで翌週もまた一緒に仕事するかのように、
「See you! (じゃ、また!)」
と挨拶し、プロジェクト・オフィスを後にしました。握手も抱擁も、そしてこうした場合に通常交わされるであろう、心温まる送別の言葉もなく。

そしてそれきり二度と、彼女と会うことも、話すこともありませんでした。

2010年12月10日金曜日

Lower the boom 厳しく叱る

先日の夕方、コンストラクション・マネジャーのトム、そしてPMのエリックと打ち合わせをしていた時のこと。その日の午後に、現場で大きなミスをやらかした男の話になりました。巨漢のトムがむっくりと椅子から立ち上がって、エリックにこう言います。

“Do you want me to lower the boom on him?”

私が食いつかないわけが無いのを知りながら、わざとこういう表現を使うんですよ。トムって奴は。
「ちょっと待って。それどういう意味?」

二人で代わる代わる解説してくれたところによると、そもそもこれは船乗り言葉から来ているとか。船の帆を張るためにはマスト(縦棒)とブーム(横棒)が必要で、このブームにぶっ飛ばされると大怪我はおろか命さえも落としかねない(そういえば昔ヨットに乗せてもらった時、耳にタコが出来るくらいしつこく警告を受けました)。
「ブームを下げる」というのは文字通り、誰かをこっぴどくぶっ叩くということなのだ、と。

家に帰ってネットで調べたところ、その語源には諸説あることが分かりました。

1.クレーンの「ブーム」説。その形が、拳を握って突き出した親指を下に向けた状態の腕に似ていることから、何かにダメ出しする、という意味になった。

2.劇場の舞台裏で、背景画を移動させる時に使う棒。これが頭に落ちて来たら大怪我です。

総合すると、こういうことでしょうか。

“Do you want me to lower the boom on him?”
「奴にゲンコツ食らわして来ようか?」

2010年12月8日水曜日

Will you marry me? 結婚してください。

日曜の晩、ロングビーチでパーティがあったので行ってきました。クリスチャン技術使節団の一員としてウガンダで学校建設プロジェクトに参加していた元同僚のデニスが、二年ぶりに帰って来たのです。しかもアフリカで出会った女性と結婚式まで挙げて。

彼の古くからの教会仲間、ノーマンの住むアパートの共有施設内に、小ぶりなパーティー・ルームがあるのですが、ここへ30人くらいのゲストが詰めかけました。私の姿を認めるや、握手の手を差し伸べて近づいて来たデニスですが、私の表情に再会の興奮を見て取ったようで、さっと両手を広げてがっしりと抱擁してくれました。う~ん、こういうの、いいね。

新妻のサラを紹介してくれた彼は、矢継ぎ早に繰り出す私の質問にどんどん答えてくれていたのですが、次々に訪れるお客さんを迎えるために席を外さなければなりませんでした。永住権は持つものの、アメリカ市民権の無いカナダ出身のデニスは、奥さん(南アフリカ共和国籍)のグリーンカードをサポート出来ません。つまり、3ヶ月の観光ビザしか取得出来ないのです。本当はアメリカで暮らしたかったのですが、やむなく生まれ故郷のカナダで新婚生活をスタートすることになりました。このパーティは、「お帰りなさい」そして「結婚おめでとう」と同時に、「元気でね」の会だったのです。

パーティの後半、ケープタウンで行われた結婚式とレセプションのビデオが上映されたのですが、その際の新郎新婦のスピーチで、プロポーズのエピソードが紹介されました。
「去年の秋、彼女を連れてロングビーチを訪れました。」
とデニス。サラが、
「朝起きた時、海岸を散歩しようって彼に誘われました。遊歩道から階段を何段も下りたところに砂浜があるんですが、ふと彼が指差す方を眺めると、砂の上に巨大な字で、WILL YOU MARRY ME? って書いてあったんです。まぁ素敵ねって言いながらよく見ると、私のニックネームのPIPって字が添えてあります。あら、私と同じ名前じゃない!って笑って彼を見たら、すごい真剣な表情。そこで初めて、これは彼が書いたんだって気がついたんです!」
やるじゃないか、デニス。夜明け前、彼女が眠ってる間にこっそり抜け出して、大急ぎで書いたんだと。かっこよすぎるだろ~。続いて、YES と砂に書いてこちらを見上げる彼女の写真が映り、会場は拍手喝采。

さて例によって、私はここでまた引っかかります。なんで、

Will you marry me?

なの?なんだか、Will ってぶっきら棒でちょっと偉そうな感じがするんです。

Will you go to school tomorrow?

みたいに、単に予定を尋ねてるような、淡白なイメージを受けたんです。で、本日同僚のスティーブンに質問しました。すると、 “Will you…?” は淡白でもなければ偉そうでもないと言います。私が、
「Would you? とか Could you? だとどう違ってくるの?」
と聞くと、Would you? と Will you? はほぼ一緒だと答えました。
「ただし、Could you marry me? だと、I could, but I won’t! って厳しい答えが返って来そうだね。」
と笑いました。

Will you marry me?

は相手の意思を聞いているのであって、予定を尋ねているわけではない。Would you も同じ。この場合、どちらでもいい、と言うのです。
「だって、映画だと十中八九、Will you marry me? って言うでしょ。Would you なんて、聞いたことないよ。」
と食い下がったのですが、スティーヴンはこう答えて私を黙らせました。
「僕だったら断然、 Would you marry me? って言うよ。」

ふ~ん、そうなの。でも、まだ腑に落ちない。スティーヴンを信用しないわけじゃないけど、もうちょっとしつこく調べを進めてみようと思います。

{追記}

今日、マリア(独身)に聞いてみました。
「本質的には同じだけど、微妙な違いはあると思うわよ。」
Will you? と Would you? では、言われた側の心証に差があるというのです。そうだろうと思ったよ!
「Would you marry me? って聞かれたら、相手が本気で言ってるのかどうか、ちょっと疑う気持ちが湧くかもしれない。探りを入れてるだけって可能性もあるし。つまり、その意思があるかを聞いてるわけでしょ。Will you? って聞かれたら、これは間違いなく結婚を申し込まれてるんだって思うわね。だって、行動するかどうかを聞かれてるんだから。」

Would you marry me?
僕と結婚する気ある?

Will you marry me?
僕と結婚してください。

こんなところでしょうか。マリアは少し考えてから、
「この話題、面白いわね。今度女友達だけで集まる会があるから、そこでアンケート取ってみる!」
と言ってくれました。

2010年12月4日土曜日

Feel like a mushroom. マッシュルームみたいな気分?

今日の午前中、ニューポートビーチ支社まで車を走らせ、南カリフォルニアのコンストラクション・マネジメント・グループの会議に出席しました。これはネットワーキングを主目的とした集会で、四半期毎に開かれています。私はこれまで皆勤賞なのですが、今回ばかりはサボっちゃおうかな、と少し腰が引けていました。今日のプレゼンのテーマは “Pipe Bursting” で、思い切りハード・コアな工事モノを予想していたからです。現場で生の工事に関わる必要がほとんど無いので、はっきり言ってあまり関心がない。わざわざ土曜日に長距離ドライブした挙句、あくびたらたらの3時間を過ごすというのは割に合わないと思ったのです。

ところがところが、このプレゼンが予想外に面白かった!敷設されたのが50年以上前で、今じゃ穴だらけの下水道管を、土を掘り返すことなく新しいのとすげ替える、という最新工法のケース・スタディ。およそ20年前に私が下水道工事を担当していた頃には、想像もつかなかったような高度な技術です。これを、この道30年のデイヴと新進気鋭のエンジニアのロバートが、ビデオを交えて紹介してくれたのですが、騒音も振動も低レベルで、エレガントとしか言いようの無い見事なワザ。コストも4割近く削れるというし、言うことないじゃない!劣化したパイプを破砕しながら新しいパイプを先導して行く “Expander” の姿は大蛇の鎌首さながらで、これがずぶずぶっと土に食い込んでいく様子はエロチックでさえあります

会議の締めに、リーダーのジムが、
「一人ずつ、この定例会の好きなところ、嫌いなところを言ってもらおうかな。」
と発言を促し、私は今回のプレゼンで視野が広がったことへの感謝を述べました。他の出席者からの発言の中で頻繁に使われた表現に、こんなものがありました。

“I have been feeling like a mushroom.”
ずっとマッシュルームみたいな気分でいる。

「こういう機会でも無いと、来る日も来る日も限られたメンバーとしか顔を合わせない。会社で一体何が起こってるか、さっぱり分からない。だからこれは自分にとって、とても貴重な集会なんだ。」
と続くことから、大体の意味は分かります。でも「マッシュルームみたいな気分」に共感出来るほどは理解出来てない。

で、調べたのですが、あまり良い説明が見つかりません。色々なサイトの解説を総合すると、
1.肥料に便を使う(ほんとかな?)ことから、Feed shit される(クソをかけられる)、割に合わない思いをさせられる、という意味。
2.マッシュルームというのは暗がりで栽培される(Kept in the dark)ことから、Keep someone in the dark (情報を与えないで放っておく)という言葉とのシャレになっている。

の組み合わせみたいです。つまり、現場事務所に長期間勤めてると、いい思いをすることもなく情報が遮断された状態に置かれてる、という意味だと思います。ちょっと可愛い表現じゃん、と一瞬思ったけど、あまり使わない方が良さそうですね。

2010年12月3日金曜日

Crack Up 大爆笑!

昨日と今日は、オレンジ支社へ出張していたのですが、休憩室のコーヒーメーカーが新しくなっているのに気付きました。カップを置くと次々に液晶表示の指示が出て、ボタンを押して行くと好みのコーヒーが出来上がる、という仕掛け。以前の型と比べると、ずっと洗練された近未来的なデザイン(ほめ過ぎか?)で、感心してそばにいたエンジニアのベスに、
「何だかSF映画に出て来そうなコーヒーメーカーだね。一瞬、喋り始めるかと思って期待しちゃったよ。」
と話しかけました。すると彼女が、
「喋ると言えば、こないだうちの車にナビゲーター付けたんだけど、これが音声認識タイプなのよ。初めて使う時、家族みんなでわくわくして見守る中、私が恐る恐る行き先を告げたの。そしたら、 “Pardon?” (と言いますと?)って聞き返されたのよ!」
と笑い、続けてこう言いました。

“We all cracked up!”
もうみんな大爆笑よ!

この表現、笑える話を聞くたびに登場するんだけど、どうもしっくり来なくてずっと使えずにいました。だって、クラックって亀裂のことでしょ、老朽化したコンクリート構造物によく見られるヤツ。ベスの発言では動詞として使われてる上に、「アップ」までくっついてます。一体どういうこと?

で、調べました。さっそくながら、動詞には「音をたてて割る」とか「ヒビを入れる」とかいう意味があることが分かりました。あ、そうか、「くるみ割り人形」は「ナットクラッカー」じゃん。何故そこに思い至らなかったのか…。でもやっぱり、大笑いという意味での「クラックアップ」には繋がらない。

ようやく合点が行ったのは、「(乗り物などが)大破する」という意味があるのを知った時です。そうか、大笑いする図というのはまさに「大破する」感じだもんな。くるみを割って殻から実から、みんなバラバラに弾け飛んだような…。ようやくすっきりしました。

ところで、私の持っている辞書には「精神的におしつぶされる」という訳が最初に載っていたのですが、同僚のスティーヴンに尋ねたところ、
「いや、その意味で使われてるのは聞いたことないな。」
とのこと。彼がこの言い回しを聞いた時は、まず間違いなく「大笑い」という意味に取るそうです。

2010年11月30日火曜日

Dog and pony show ちょっとしたプレゼン

昨日カマリロ支社のマイクと電話で話していた時、彼がこんなことを言いました。

So we did a dog and pony show.

文脈から察するに、新しいクライアントを訪ねてプレゼンをした、という意味。この dog and pony show という言い回しは、こんな場面で過去何回も聞いているのですが、一度もきちんと調べることなく今日まで来てしまいました。で、さっそく調査。

もともとは、19世紀末から20世紀初頭にかけて盛んだった小規模な(ライオンや象みたいに立派な動物ではなく、犬や仔馬を見世物にして小さな町を回っていた)サーカス興行を意味していたそうですが、それが転じてプレゼンテーションを指すようになったのだそうです。へえそうなんだ、と納得しそうになったけど、ちょっと待てよ。問題は、この言い回しが「どういう含みをもって」使われるか、です。安っぽいプレゼンなのか、はたまた上出来なプレゼンを指すのか。英辞郎には、「つまらない見世物、新製品の展示(実演)、最高のできばえ」とあります。困ったことに、マイクの発言はどれにも当てはまりません。で、今日の午後、同僚のリチャードとマリアに意見を聞いてみました。

「プレゼン全般に使えるイディオムだよ。砕けたプレゼンにも、正式なプレゼンにも使える表現だね。」
とリチャード。マリアは、
「私のイメージは、色んな媒体を使うプレゼンね。ただ喋るだけじゃなくって、スライドあり、パンフレットあり、って感じかな。」
「ちょっと小ばかにしたような響きがあると思うんだけど、どうなの?」
と私が尋ねると、リチャードが、
「いや、そんなことはないと思うよ。ただ、話し手が冗談めかしてることは確かだな。」

なるほどね。総合すると、こんなところでしょうか。

“So we did a dog and pony show.”
「で、ちょっとしたプレゼンをやったってわけさ。」

違うかな?

2010年11月29日月曜日

Fall into somone’s lap. 労せずして手に入れる。

カマリロ支社のマイクというお偉方から、プロポーザル作成の手助けを頼まれました。今朝電話で彼と話しながら、
「我が社にとっては、初めてのクライアントなんですか?」
と尋ねると、
「ちょっと背景を説明しておいた方がいいね。」
と、プロポーザルに取り掛かることになった経緯を解説してくれました。

このクライアントのプロジェクトを直接受けたことは今までないのですが、我が社のエース級社員が他社の下請けで仕事した際、先方から大変気に入られたらしいのです。で、最近になって大きな仕事が発生したので、「プロポーザルを出してみないか」と声がかかったのだと。新しいクライアントの場合、大抵そこまで漕ぎつけるのがひと苦労なのですが、今回は非常にラッキーだった訳です。それをマイクはこう表現しました。

The opportunity fell into our laps that way.
そんな風にしてチャンスが転がり込んで来たのさ。

調べてみたところ、このFall into one’s lap というのは、「苦労せずに何かを手に入れる」という意味。ふ~ん、なるほどね。しかし私はここで、 “into” に引っかかりました。「中に」という語感とLap とが繋がらないような気がしたのです。だってラップって「膝」でしょ?と。

あらためて調べてみたところ、ラップというのは腰から膝までの間で作られる水平なスペースのことなのですね。よく考えてみれば、「ラップトップ」という表現もあるくらいだから意味は明らかなんだけど、日本語にぴったりした訳が無いので、なかなかイメージがつかめなかったのです。

「膝頭から腰までの間で形成されるスペース」にチャンスが落っこちて来たので、 Fall into と “into” が使われたわけです。これがもし「膝頭」が相手だったら、 “on” じゃないとおかしいですからね(それじゃ何の話か分かんないけど)。

{追記}
同僚のマリアとリチャードに、「この場合、into じゃなくて onto が正しいと思うんだけど。」と言うと、二人とも激しく同意しました。きっと、もともとは lap の上にお盆とか大皿とかを置いて、その上に転がり込んて来たっていう話だったんじゃないかな、ということで全員落ち着きました。

2010年11月26日金曜日

Buff 〇〇大好き人間

先日、オフィスの観葉植物に水遣りに来ているメアリーが、自分の家族の話をしてくれました。その際、こんなことを言ったのです。

My dad is a photography buff.

バフ?何だそれ。写真バフ?まあ文脈から大体想像はつくのですが、初めて聞く単語なので、さっそく調査。

Buff というのは、バッファローの毛皮のようなベージュ色のこと。俗語で、ファン、マニア、〇〇狂、という意味になるそうです。ウィキペディアによれば、そういう意味で使われ始めたきっかけというのが、ニューヨークの有志の消防隊員が着ていたユニフォームの色がBuffだっということ。彼らが夢中で火に飛び込んで行く様子から、何かを熱狂的に好きな人のことを指すようになったのだそうです。

動詞の場合、靴などを布で磨くという意味になります。さらに調べを進めると、最近じゃこれが、「いいカラダしてる人」のことを指すようにもなってるらしいのです。「今度転校して来た女、 Buff だな。」などと言うんだと。男の場合は、「筋肉のついたカッコイイ身体の奴」となります。更にこれが “in the buff” となると、「裸で」という意味になるそうです。

「さて皆さん、もうこれで “Buff buff buffing in the buff” の意味、分かりますよね?」という問題がBBCのサイトに出てました。

わかります?

Catch someone off guard 不意を衝く

私の直属の上司はリックで、そのボスはクリス、そのボスはエリックで、そのまたボスはジョエルです。先週末、そのジョエルから私のブラックベリーにメールが入ります。
「シンスケ、C支社の社員にプロジェクトマネジメントの基礎トレーニングをやってくれないか?」

支社長だったブライアンが去り、後釜が決まるまでジョエルがこの支社の面倒を見ることになったのです。
「ここの社員達は、今までちゃんとしたトレーニングを受けて来ていないことが分かったんだ。今週中に2時間ほどクラスをやってくれると助かるよ。」
C支社は、砂漠地帯近くの小さな街にあり、ロサンゼルスやサンディエゴなどと違って、公式のトレーニングが開催される機会が稀なのです。

そんな訳で、火曜日に車を二時間走らせ、C支社へ行って来ました。生徒は20人ほど。古参の社員も混ざっています。驚いたことに、大ボスのエリックまで座っています。彼はジョエルに言われて時々C支社の様子を見に来ることになったそうで、たまたまその日来ていたのだとか。エリックは、会議室のスクリーンの前に立って自己紹介した後、私の紹介をしてくれました。
「シンスケはプロジェクトマネジメントのグルで、グレートな教師です。みんなしっかり学んでくれよ。」

私は、その大仰な肩書きに苦笑いしながら彼からバトンを受け取ろうとしたのですが、急に思いついてこう言いました。
「そうだエリック、 Safety Minutes をやってくれませんか?」

セイフティ・ミニッツというのは、安全に関する小話です。こないだこんな危ないことがあった、気をつけよう、などという啓発的な話題を提供するためのもの。会社の規則で、会議やトレーニングの前に必ずやらなければならないことになっています。参加者の誰が話してもいいのですが、大抵司会者が自分でやるか、誰かに振るかしています。私が進行する場合、必ず誰かに振って来ました。今回たまたま、大ボスのエリックに投げちゃったのです。エリックは一瞬、当惑の表情を浮かべてこう言いました。

“Oh, you caught me off guard.”

直訳すれば、「防御してないところをつかまった。」でしょうか。オフガードですから、ボクシングで言えば腕をだらりと下げた状態ですね。意味は、「不意を衝かれた」とか「油断してるところをやられた」。エリックは、その一秒後に涼しい顔ですらすらとセイフティ・ミニッツを始め、さすが百戦錬磨のツワモノだ、と私を感心させてくれました。

今後、まさか自分が指名されると思っていなかったところでスピーチを頼まれた時、このフレーズを使ってわずかばかりの時間稼ぎをしようと思いました。

2010年11月25日木曜日

Etch エッチする?

先週、地元の図書館で本を借りました。カウンターには、まるでパーティー用の仮装みたいな白い顎ヒゲを蓄えた白人のお爺さんが座っていて、よく人の借りる本を見ながら、
「うん、これはいい本だね。この作者の本で〇〇というのもあるけど、もう読んだかい?」
などと気さくに話しかけて来ます。長い列が出来ていても全く気にせずお喋りしているので、ちょっと苛立つこともあります。

この日も、私の前に並んでいた女性と楽しげに、延々と話していました。ようやく私の番が来て、爺さんはバーコードをスキャンした後、明るくこう言いました。
「OK、あんたの本の返却日は、ちょうど真珠湾記念日(Pearl Harbor Day)だよ。」
そしてチラッと私の顔を見上げ、私が日本人であることに気付いたのか、ハッとしたような表情になって黙りました。サンキューと言って立ち去ったのですが、ちょっと考え込んでしまいました。

うちの会社には、Floating Holiday という特別有給休暇制度があります。これは多様な国籍や宗教を持つ人のためにあるような制度で、例えば「中国暦の元日」とか「メキシコ独立記念日」とかの中から一日選んで有給で休めるわけ。11月初旬に人事から一斉メールが届きました。
「今年の Floating Holiday をまだ取っていない人は、急いで下さい。年末までに消化しないと、権利が失効しますよ。」
残っているチョイスを見たら、11月11日の「復員軍人の日」それに12月7日の「真珠湾記念日」しかありませんでした。何となく後者を選ぶ気になれず、前者を採りました。日本人は、原爆記念日に会社を休むって無いよなあ…。

“I guess that the Pearl Harbor Attack is deeply etched in people’s minds.”
「あらためて思うんだけど、真珠湾攻撃ってのはアメリカ人の心に深く刻み込まれてるんだね。」
同僚ラリーと食事に行った際、こう話しました。図書館での一件も付け足すと、
「うん、そうだね。でもさ、その人がどうかは知らないけど、今のアメリカ人は真珠湾記念日を一般の祝日と同列に意識してると思うよ。日本人を責める気持ちなんて無いと思うな。」
と彼が答えました。実は私、この時とっさに Etch (刻み込む)という言葉を使ったのですが、正しい使い方なのかどうか不安でした。ラリーに確認したら正解で、ホッとしました。

Etch というのは銅版などに絵を刻む「エッチング」で知られていますが、「刻む」という意味です。Be etched in someone’s mind. で「心に刻み込まれる」となるわけですね。初めて使ったこの表現がしっかりと状況に即していたので、とても強く記憶に残りました。

一度「エッチする」と、忘れられないものですね。

2010年11月22日月曜日

Credit is given where it’s due. 称賛は功労者に与えられるべし。

先日の朝、ロングビーチ支社のサラからメールが届きました。
「ブライアンが、彼のプロジェクトの財務状況を分析してレポートを作ってくれって言ってるの。分析項目の中に、私には理解出来ないことがいくつもあるのよ。助けてくれる?午後の会議に間に合うよう、どうしてもお昼までに必要なの。」
時計を見ると午前10時。よっしゃ任せろ!こういうの、燃えるんだよな。

超特急で仕上げて11時過ぎに送信。
「ブライアン、喜んでたわ。どうも有難う。シンスケのこと、ちゃんと言っておいたから。」
「そういうのは、自分がやったことにしとけばいいんだよ。」
するとサラが、こう返信してきました。

Credit is given where it’s due.
称賛は功労者に与えられるべし。

この「クレジット」ですが、実は長年の頭痛の種なんです。映画の最後に製作関係者の名前のリストを流す習慣がありますが、英語でこれを “Closing Credits” とか “End Credits” と呼びます。どうしてここでクレジットって言葉を使うのかな、とずっと疑問に思ってました。だって、クレジットといえばクレジット・カードでしょ。「信用」って意味で。繋がりが全然分からないんです。そもそもクレジットは「信じる」という意味のラテン語 Credere から来ているそうなのですが、エンド・クレジットで製作者を紹介するのは、「功績を認める、称える」です。「信じる」と「称える」の間には、かなりの隔たりがあります。同僚のリチャードにそのへんを聞いてみたんですが、
「そうかなあ。僕には何の不思議もないけどなあ。」
と、私の疑問自体が理解出来ない様子。

色々調べたんですが

Give someone credit for something.
誰かに何かについてのクレジットを与える。

の意味が、

to believe that someone is good at something or has a particular good quality
誰かが何かに長けている、または特に優れた素質を持っていると信じること。

と説明されているものがあり、これで何とか少し落ち着きました。「信用できる」から「偉い」、「偉い」から「褒める」。そういうことでしょう。この三段論法、ちょっと強引過ぎる気がするんだけど…。

引き続き調査を進めます。

2010年11月21日日曜日

アメリカで武者修行 第30話 次の一手でとどめを刺すの。

少し体重を増やした上機嫌なロバート・デニーロ、といった風貌のエド。人柄の良さが、その笑顔から滲み出しています。彼のところで働くというのが具体的にどんな仕事をすることなのか、全く想像がつきません。しかしこちらは失職寸前の身、この際何だってやります。その意気込みを激しく伝えたところ、
「それは良かった。来週ゆっくり話せるかな。」
ちょうど一週間後の朝一番、彼のオフィスを訪ねることになりました。

エドが去った後、さっそくケヴィンに電話で報告します。彼はすっかり現場事務所から足を洗い、今ではサンディエゴ支社に自分の部屋を与えられて、バリバリ仕事しています。
「やったな。シンスケがエドに雇ってもらえば、俺達また同じオフィスで働けるぞ!」
電話の声が弾んでいます。

そのケヴィンから、エドとの面会の前日に電話がありました。
「さっきエドと話したよ。彼は君との面接で、プロジェクトマネジメントに関する知識を試すつもりらしいぜ。ちゃんと予習しておいた方がいいな。」
「えっ、面接?」
私はてっきり、自分が今までやって来た仕事のことなどを聞かれるのだと思っていました。「ゆっくり話そう」というのは、適性を見るための面接のことだったのです。冷静に考えれば当たり前の話です。危ない危ない。この期に及んで、自分は一体何をやってたんだ?折りも折り、PMP受験のためにと注文しておいたプロジェクトマネジメントの参考書が届いたので、その夜、超速読を開始。一晩かけて基礎知識を頭に詰め込み、エドとの面接に臨みました。

「オフィスビルを建てるとして、君はどうやってスケジュールを作る?」
「アーンド・バリューとは何?」
「クリティカル・パスとは何か説明してくれ。」

一夜漬けが功を奏し、すべての質問に何とか答えることが出来ました。ケヴィンからのインサイダー情報がなかったら、悲惨な結果に終わっていたことでしょう。またしても彼に、すんでのところで救われたのでした。
「君とはうまくやっていけそうだ。さっそくボスに話してみるよ。」
と、笑顔で立ち上がって握手を求めるエド。え?これってOKってこと?失業を免れたのかな?よく分からないまま、ひとまずその場を去りました。

一夜明けて木曜の朝、出勤早々リンダが私のところへやって来て、早口でこう告げました。
「マイクが月曜にイラクへ発つことになっちゃったの。これからサクラメントへ行って来るわ。彼が出発する前にやらなきゃいけないことが、山ほどあるから。」
そして、あっという間に姿を消したのでした。クレーム作成が佳境に入っていただけに、この行動は意外でした。イラクへ行くのはマイクなのに、なんでリンダまで仕事を抜けなきゃならないんだ?と。ところが、空港まで彼女を送ったティルゾから、翌月曜の朝、こんな話を聞き仰天。
「リンダとマイクは、土曜に結婚したんだよ。」
「え?ちょっと待って。どういうこと?」

そもそもマイクとリンダは夫婦でも何でもなく、最近別れたりくっついたりしてたのは、「恋人」という間柄でのことだったのです。去年の暮れにプロポーズを受けていたリンダは、マイクから水曜の夜、「月曜の出発が決まった」という電話を受けてようやく結婚を決意。翌朝大慌てで牧師の手配をし、航空券を電話注文。そしてティルゾの運転でサンディエゴ空港に向かう途中、ショッピングモールに寄ってティファニーの結婚指輪を一対購入したのだそうです。
「空港へ行くまでの限られた時間に、結婚指輪を選んで買っちゃったんだよ。30分くらいだったかな。大した決断力だよね。まあ僕も一応指輪選び、手伝ったけどさ。」
と笑うティルゾ。

結婚指輪を携えサクラメントに到着したリンダは、翌日の金曜にダウンタウンで花嫁衣裳を買い、土曜日にマイクとタホ湖まで走り牧師と落ち合って、湖畔で式を挙げたそうなのです。そして月曜の朝、イラクへ旅立つマイクを空港で見送った後、午後一番で職場に戻って来ました。
「おめでとうございます。」
と言いかけた私を遮り、
「さあ、クレームを仕上げるわよ!」
と真顔でハッパをかけてきた時には、やはりこの人はタダモノじゃないな、と感心しました。

そして遂に、70ページを超えるクレーム文書が完成しました。原契約額とほぼ同額、日本円にして数億の追加請求。これを元請け会社の役員全員に宛て、フェデックスで送りつけたのです。ティルゾとリンダとで、会議室にこもってフェデックスの箱にひとつひとつ書類の束を詰めながら、
「ジャンの奴、きっと怒り狂うだろうな。彼の顔は確実に潰れますね。」
と私が言うと、
「喜ぶのはまだ早いわ。これで終わりじゃないわよ。敵は必ず反撃してくるから、すぐに二の矢の準備を始めましょう。」
とリンダ。

ところがその翌日、衝撃的なニュースがオフィスを駆け巡りました。ジャンが更迭されたというのです。私達が文書をこっそり箱詰めしていたちょうどその頃、宣告が下っていたことになります。ティルゾの入手した内部情報によれば、平社員に降格され、どこか砂漠の真ん中にある事務所で資料整理の仕事をすることになったとか。リンダが静かに言いました。
「この手で引導を渡せなかったのは残念だけど、このクレーム文書は彼の刑期引き延ばしに、きっと貢献してくれるでしょう。」

さて翌週、エドに電話して様子をうかがいました。不安を抱えて一週間待った上でのこと。
「まだ結論は出てないけど、大丈夫だと思うよ。三月からここで働いてもらうつもりだ。ただ、こういうのは手続きが必要なんだ。結論はもうちょっと待ってくれないか?」
との返事。新しいポジションに人を雇う場合、一般広告を出して募集をかける決まりになっているというのです。その上で私を超える候補者が現れなければ、最終決定となるわけ。帰宅して妻に話すと、
「でも、外部から飛びきりの実力者が応募して来ちゃったらどうなるの?」
と心配そうです。
「その人とも面接してから決めるんだろうね。」
「じゃあ、失業する可能性はまだ残ってるってことね。」
「残念ながらそういうことだな。」
妻の不安は当然です。溺れる寸前に投げ込まれた一本のロープ。家族三人、立ち泳ぎしながらこれにつかまって、船上のエドがぐいと引っ張り上げてくれるのを、ただただ祈るだけの状況なのですから。

一方、我々が渾身のクレームレターを送りつけた一週間後、元請けのORGからようやく返事が届きました。差出人は、元請会社の重役です。
「何かの間違いでは?おっしゃっている意味が分かりません。どれもこれも、身に覚えのない話でございます。お宅の方で、もう一度よくお調べになってはいかがですか?」
と、恐ろしくすっとぼけた内容。
「よくもここまで誠意の無い手紙を公式に送って来れますね。この神経の太さには呆れますよ。」
と憤る私。しかしリンダは冷静です。
「こうやってしらばっくれるのは、すぐに反論出来ないっていう何よりの証拠よ。私達がクレーム文書を用意してることを察知して、すぐにトカゲの尻尾を切ったんでしょうね。そうして暫く知らぬ存ぜぬで通し、反撃材料を探すための時間稼ぎをしているのよ。さあ、クレームレター第二弾を仕上げましょう。次の一手でとどめを刺すの。仕事にかかるわよ。」

2010年11月19日金曜日

Straw that broke the camel’s back ついに堪忍袋の緒が切れた

昨日の朝、同僚のジムからこんなニュースを聞きました。
「C支社が年明けに閉鎖され、オンタリオという街に引越しすることになったそうだよ。支社長のブライアンは月曜に解雇されたんだって。」

ブライアンとは過去7年以上割りと仲良くしていただけに、ショックでした。
「何でクビになったの?」
「さあね。上と色々やりあったような話は聞いたけど…。」

ジムの話の裏を取るため、C支社に勤務している古参社員のボブに電話してみました。
「ああ、その話は本当だよ。」
「どうしてブライアンは辞めなきゃいけなかったの?」
「これまで何度も上層部とぶつかって来た挙句に、今回、突然の引越しの話だろ。プツンと来ちゃったんだよ。我慢の限界だったんだろうな、ブライアンも。」

この時ボブが使ったのが、この表現。

It was the last straw that broke the camel’s back.

瞬間的に頭に浮かんだのは、「ラクダの背中のコブを割ってストローで中の水を飲む」ビジュアル・イメージでした。いやいや、そんなわけは無い。ストローというのは麦わらのことに違いない。直訳すると、「最後のわら一本で、ラクダの背骨が折れちゃったんだよ。」つまり、輸送手段であるラクダに荷を積み過ぎ、最後に載せた一本の麦わらで、とうとう動けなくなった、という状況ですね。「我慢の限度を超えた」とか「堪忍袋の緒が切れた」という意味です。これ、前に何度か聞いたことがある言い回しなんだけど、英語の慣用句にラクダが登場するのはちょっと違和感があります。英語圏に、かつてラクダで荷物運びしてた国ってあるのかな?

そう不審に思って語源を調べてみました。またしても諸説紛々。一番多く見かけたのは、1848年に書かれたチャールズ・ディケンズの「ドンビー父子」が元だという説明

でも、この本バカ売れしたって話、聞いたことない。ミリオンセラーならまだしも、これが語源だとはとても信じられません。

ウィキペディアには、「アラブのことわざから来ている」とあり、そうだろうそうだろう、と納得しかけたのですが、「要出典」と添えてあります。ダメだ。ここで語源探求を断念。いつかアラブの友達が出来た時、聞いてみます。

2010年11月15日月曜日

Knock your socks off. 靴下脱がしちゃうわよ!(?)

今朝、IT担当のエレンから、経理のベス経由でこんなリンク付きメールが届きました。
「このビデオ見て。すごいわよ!」

そしてこう続きます。

“Take your socks off before watching or they'll be knocked off if you don't !!!!”
「見る前に靴下脱いでね。さもないと脱がされちゃうわよ!」

はぁ?エレンったら、一体何の話してんだ?さっぱり訳が分かりません。ちょっと調べてみたところ、Knock someone’s socks off で、「あまりの素晴らしさに仰天させる」という意味であることが分かりました。エレンは、これを少しいじって文章を面白くしたのです。

リンクをクリックしてビデオを見てみると、若い女の子たちが大勢で縄跳びしてます。それが、そんじょそこらの縄跳びじゃない。まるでオリンピックのシンクロ団体競技を見ているようで、観客の熱狂ぶりも伝わって、思わず拍手喝采。

興奮さめやらぬ中、この “Knock someone’s socks off.” という言い回しについて調べてみました。語源を探すのが一苦労で、諸説見つかったのですが、中にはこんなのもありました。

「昔のポルノ男優は羞恥心の表れか、靴下を履いて演技していた。しかし内容が素晴らしい場合、彼らもつい本気になって靴下を脱いだ。」

な~に言ってんだ、そんな無茶苦茶な説明があるかよ、と呆れつつ他を探すこと数時間。遂に発見したのがこれ

「19世紀半ば、靴下は貴重品だった。街で殴りあいの喧嘩があった場合、負けた者は気絶している間に靴ばかりか靴下までむしり取られた。これが、ボクシングの試合で対戦者を圧倒的にやっつける、という意味に変わり、更にはひどく感動(感心)させる、と変化して行った。」

これでしょ、これ!そもそも “Knock Off” というのは「叩き落とす」とか「払い落とす」、という意味なので、靴下を「脱がしちゃう」なんていう甘っちょろいニュアンスじゃないんだよな。

とってもすっきりしました。

2010年11月13日土曜日

アメリカって国は…。

知り合いからキャンプに誘われたので、寝袋を買いにウォルマート(巨大ディスカウントストア)に行って来ました。アウトドア・セクションの釣り道具売り場と背中合わせに、こんな物が無造作に並べられていました。ひえ~っ。

2010年11月12日金曜日

Hot Button デリケートな(テーマ)

はす向かいの部屋で仕事してる弁護士の同僚ラリーに、一昨日こんな質問をしました。
「クライアントとの契約書によくIndemnification (賠償)という項目があるんだけど、それと Professional Liability Insurance (専門職業賠償責任保険)との関係が良く分からないんだよね。教えてくれる?」

重大な設計ミスによって構造物が崩壊してしまった、などという場合に設計者である我々がその損害を賠償し、クライントに迷惑は一切おかけしません、というのがIndemnification (賠償)条項です。ここまでは分かる。でも、そんな条項に合意させといて、何でまたわざわざ「保険もかけておきなさい」と要求するわけ?というのが私の疑問でした。

「車の保険と一緒さ。人をはねた場合の賠償額は加害者である私が払います、と言うのはやさしいけど、現実にはそんな大金を支払う能力のある人なんてまずいないだろ。だから政府は、運転手にきちんと保険をかけさせるんだ。僕らの仕事だって同じことだよ。」

なるほど、納得です。ラリーが続けます。
「Indemnification (賠償)は、クライアント側がこっそり過剰な要求を付け足すことが多い条項で、要注意なんだ。たまに、損害の原因が相手にないケースでも賠償要求出来るような文章が紛れ込ませてあったりね。Indemnification は、契約書の中でも一番神経を尖らせなければならないデリケートな条項のひとつだよ。」

この時ラリーが使った言い回しがこれ。

The indemnification is one of the hot-button clauses.

この “Hot Button” ですが、もともとセールスマンが商品を売る際、「客に飛びつかせるために押さえておくべきポイント」をこう呼んでいたようです。それが1984年の大統領選挙で「激論に発展する争点」という意味で使われたことから、以後こちらが主流になったようです。「死刑制度」や「銃規制」などがその良い例でしょう。「熱いボタン」を押した途端、熱い議論が始まる感じですね。

2010年11月11日木曜日

アメリカで武者修行 第29話 これでジャンを叩き潰せるわよ!

一月も終盤、ジョージから厳しい宣告が下りました。
「君の食い扶持は二月一杯で底をつく。それまでに次の仕事を見つけた方がいい。」
いよいよ俵に足がかかりました。過去数ヶ月の間に履歴書を送りつけてあった複数の支社からは、
「次のプロジェクトが取れれば、契約担当の人間が必要になる。是非来て欲しい。」
と声がかかっていたのですが、結局どのプロジェクトも受注に失敗し、すっかりあてが外れました。「失職」という名の滝壺に向かって激流を下りながら、何とかどこかの岸に筏をつけようともがく毎日。皮肉なことに、ちょうどこの頃から急激に忙しさが増します。かねてからの懸案だった元請け(ORG)に対する損害賠償請求に向け、いよいよ本格的に行動を開始したのです。これまでも小額のクレームは度々起こして来ましたが、今回のはメガトン級。日本円にして数億の規模になる予定で、事実上の宣戦布告です。ディレクターのクラウディオからは、
「クレーム文書が完成するまでは、同じオフィス内で働くORGの面々に勘付かれぬように。」
との指示が出ました。慎重に、しかし激しい怒りをこめて、日夜文書作成に精を出しました。これは、いわば復讐戦です。私が職探しに苦しんでいるのも、元はと言えばORGの理不尽な下請けイジメが原因なのですから。

そもそも我々の契約書には、州政府が自ら作成した基本設計をベースに詳細設計せよ、と明確に書かれています。ところが、二年前の6月にORG経由で手渡された基本設計は、欠陥だらけの未完成品でした。例えば合流部のひとつ。カーブしながら合流する二つの道路がそれぞれの勾配を維持したまま交わるため、その接合部が尾根を形成してしまい、流入する車が跳ね上がってしまうデザインになっていました。プロジェクト初期から参加しているメンバー達に言わせれば、「屑同然」の基本設計だったそうです。ところが何を思ったかORGは、
「この基本設計を手直しして早急に州の承認を得るんだ!」
と設計チームの尻を叩き始めたのです。基本設計の欠陥は、明らかに作成者である州政府の落ち度です。本来ならこの時点でブレーキをかけて仕切り直すべきところですが、州政府とまともに事を構えればスケジュールが大幅に遅れることは確実。それよりは早く問題を処理し先に進んだ方が得策、というのがORGの腹だったのでしょう。もちろん我々も数週間でケリをつけるつもりだったし、報酬もきちんと支払われるという前提で走り始めました。しかし、それが地獄の入り口でした。

設計施工一体型プロジェクトの最大の特徴は、施工者が設計を変えられるという点です。極端な場合、施工者の圧力によってまさかと思うほどチープな代物を設計させることも可能なのです。特に一定額で請負契約をした場合、施工者は出来る限り安く仕上げて利益を最大化しようとします。しかし公共事業の場合、設計は各種の厳しい基準を満たさなければいけないので、安く上げるにも限度があります。自然とどこか中庸なところで落ち着くだろう、と誰もが考えるところですが、それは施工者が常識的なマネジメントをした場合の話です。

ORGのトップに座るジャンは、基準を無視してでも利益を上げようとすることで悪名高く、州政府と度々衝突してきました。自ら出席した住民説明会で承認された植栽計画も、後で計算したら膨大なコストがかかることが分かったため、
「植栽はやめて種子吹付けにする。設計をやり直せ。」
と真顔で指示して来ました。これは純然たる契約違反です。州政府の再三の警告にも耳を貸さず、安全基準や環境基準を無視して仕事を続けた結果、現場作業を二週間差し止められたこともありました。

二年前の9月、オリジナルの基本設計にあった欠陥を全て修復した我々の図面を受け取ったORGは、
「この道路形状だと工事費が高くなる。」
と、即やり直しを命じました。設計基準に沿うよう改善したものを逆方向に手直しするのですから、当然無理が生じます。
「ご指示に従って修正したが、安全性に問題があり、設計者としてはお勧めできません。」
と但し書き付きで提出しますが、ORGはこれを無視して州に届けます。予想通り、州は
「これじゃ事故だらけの高速道路になってしまう。何を考えてるんだ?」
と突き返します。するとORGは、
「どうなってるんだ。州に承認されるような設計をするのはお前らの務めだろう。」
と我々を怒鳴りつける。さらに基準を満たした図面を再提出すると、
「工事費がかかりすぎる!」
とまたつき返す。こんな繰り返しの末、基本設計が承認されたのは、なんとプロジェクト開始から一年後。設計費用は成果品ベースで支払われるため、我々JVは実に一年間もただ働きをさせられたのです。報酬要求を繰り返す我々に対し、ジャンは、
「お前らがボランティアでやったことだ。金なら払えん。」
と知らぬ顔を続けます。そればかりか、将来訴訟になった場合に備えてか、
「質の悪い設計ばかり提出され、大変迷惑している。」
という手紙を何通も送りつけてきました。挙句の果てに、数ヵ月後にスタートするはずだった有料道路区間の設計契約を一方的に破棄して我々を足蹴にし、自分の子飼いの設計会社に仕事を回したのです。

ここまで愚弄されれば、どんな善人だって堪忍袋の緒が切れようというもの。とりわけ、我々設計JVの参謀であるリンダの憤りは凄まじく、この件に触れた途端、毎回わなわなと震え出すほどでした。しかし、契約書に「正当な理由がなくてもいつでも破棄できる」という項目がある以上、我々の立場は圧倒的に不利なのです。元請けへの報復なんて、どんなにあがいても実現不可能な話に思えました。ところが1月最終週のある日、サクラメントの法律図書館に一週間こもって調査に没頭していたリンダが、
「これでジャンを叩き潰せるわよ!」
と顔を輝かせて戻って来ました。賠償要求の根拠に使える、絶好の判例を発見したとのこと。さっそく彼女がクレーム文案を練り、私は膨大なデータを集めて裏付け資料の作成にとりかかりました。

この時役に立ったのは、リンダが就任一ヶ月後に導入した「ドキュメント・コントロール・システム」です。それまでの文書管理は、紙ファイルに挟んだ書類をダンボール箱に保管してラベルを貼る、というのが一般的な手法でした。リンダはマイクを説得し、プロジェクトに関連する全ての文書をスキャンしてPDF化し保存するシステムを作り上げました。お陰で、裏づけ資料は驚くべきスピードで仕上がって行きました。もっとも、導入後しばらくはチームメンバーからの抵抗もありました。
「本当に重要な書類だけスキャンすればいいんじゃないの?」
と面倒臭がる者には、リンダが鷹のように舞い降りて来て、
「全ての文書よ。私が全てと言ったら、本当にスベテなのよ!」
とスゴみます。そのうち彼女に刃向かう者は消え、逆に文書検索の時間が劇的に短縮されたことへの感謝を述べる人が増えました。

さて、リンダと私の仕事が着々と進み、いよいよクレーム額の積み上げ作業を開始する手はずが整いました。オークランド支社から週3日やって来てプロジェクトコントロールを担当しているアーロンがそれに当たるはずだったのですが、彼が会社を辞めて台湾の実家に帰るというニュースが飛び込んで来ました。

アーロンは10歳ほど年下のエンジニアで、初めて会った頃、何故か常に上から見下ろすような言葉遣いで私の質問に答えていました。
「オーケー?分かったかい?分からないことがあったらちゃんと質問するんだよ。」
若作りの私は、こんな風に扱われるのは慣れっこなので、そのままやり過ごしていました。9月の私の誕生日、シェインが近くの中華料理屋で昼食会を開いてくれた際、私が40歳になったことを話すと、出席者一同「嘘だろ~!」どよめきます。その時、隣に座っていたアーロンが、誰の目にも明らかな程うろたえているのに気付きました。帰りの車中、
「ごめんね。僕、シンスケのこと、ずっと年下だと思ってた。」
と謝り続けるアーロン。これは新鮮でした。台湾人って、日本人と同じように年齢で上下関係が出来るのかな。僕らはアメリカにいるんだから関係ないのに、と可笑しくなりました。

そんな彼から私はプロジェクト・コントロールのイロハを学び、時には彼の作るレポートのためにデータを提供したりして、コンビといっても良いほど近い関係になっていたのです。
「アーロン、辞めちゃうって本当?」
「うん、そうなんだ。台湾へ帰るんだ。」
理由を尋ねても黙って微笑むだけなので、それ以上の追求は控えました。
「きっと燃え尽きちゃったんだよ。」
ケヴィンが後でコメントしていました。
「二年間も毎週飛行機で出張してりゃ、疲れて当然だ。この職種の宿命だよ。」

大事な時期に辞められ、お偉方はお冠でしたが、私にとっては望外のチャンス到来となりました。アーロンが、
「後任にはシンスケを推薦しておいたよ。」
と言ってくれたからです。私にとっては、次の仕事が決まるまでの絶好の繋ぎになります。この仕事で多少なりとも実績を積んでおけば、この先の就職活動のための強力な武器になるかもしれません。ジョージやクラウディオだって、外から人を連れて来るより内部の人間を使う方が効率がいいと思うに違いない、というのが一縷の望みでした。ところが、さっそく翌日ジョージに申し出てみると、
「いや、これは大事なクレームだから専門家じゃないと駄目だ。後釜はもう決めてある。」と軽く一蹴。

これで万策尽きました。俄然、失職が現実味を帯びて来ます。

二月も中盤になり、アーロンが最後の引継ぎにやって来ました。彼にジョージの決断を告げると、
「うん、聞いたよ。残念だったね。」
とため息をついてから、こう付け足しました。
「カリフォルニア中の僕の知り合いにシンスケを売り込んでおいたよ。さっそくだけど、サンディエゴ支社のエドがシンスケに興味あるって言ってたよ。会ってみたら?」

その日の午後のことでした。背後から名を呼ばれて振り向くと、私のキュービクルの前に見知らぬ男が立っていました。
「プロジェクトコントロールに興味があるんだって?アーロンから聞いたよ。うちで働く気あるかい?」
これがエドでした。

2010年11月9日火曜日

Enough! いい加減にしなさい!

ミシガンに住む義父が用事で一週間ほど日本へ行くというので、一昨日9歳になった息子も一緒に連れて行ってもらうことになりました。念願の、「日本の小学校に体験入学」まで実現出来る運びとなり、彼は大興奮です。
「日本の学校ではどんなことをしたい?」
という問いに対して返ってきた答えが、
「悪ガキ集めてチームを作って、いたずらしたい!」
おいおい、そんなことして問題になったら二度と受け入れてもらえないぞ!

今日の午後、オフィスの観葉植物の水遣りに来ている外部業者のメアリーにその話をしたところ、
「それって冗談じゃなく、ほんとにきちんと注意してやった方がいいかも。」
と心配顔になり、こんなエピソードを語り始めました。

彼女の女友達が、今年に入って英語教師の職を得ました。場所はエジプト。8月から2年契約で、小学3年生のための外国語クラスを受け持つことになったのです。こっちの家を売ったり色々雑事を片付けるため、ご主人は暫くこちらに残り、来月エジプトで合流する予定でした。そんな彼女から、先週電話が入りました。
「元気?そっちはどんな様子?」とメアリー。
「うん、アメリカに戻ってるの。」
「え?2年間エジプトにいるんじゃなかったの?」
「それがね、…。」

彼女のクラスに一人悪ガキがいて、毎日のように彼女を追い掛け回し、背中に教科書を投げつけて来るのだそうです。何度注意しても言うことを聞かない。3ヶ月間我慢した挙句、ある日くるっと振り向いてその男の子の両肩をガシッとつかまえ、

“Enough!”
いい加減にしなさい!

と睨み付けました。その場はそれでおさまってホッとしていたら、夜になって学校当局から連絡が来ます。
「急いで荷物をまとめて空港に向かって下さい。」
「はあ?」

帰宅した悪ガキが両親にその日の事件を報告したところ、彼らは
「その教師を殺す!」
と逆上したそうです。たとえそれが小さな子供であれ、女性が男性の身体に触ることは宗教的にタブーなのだそうで、その禁を犯したからには死をもって償わなければならない、と。その動きを察知した学校側は、両親が彼女を殺しに行く前に何とか逃がそうと画策。その甲斐あって、どうにか無事に帰って来たとか。

さすがに日本でこんなことは起こり得ないけど、確かに文化の違いについては、出発前にきちんと息子に言い聞かせておく必要がありそうです。「授業中は立ち歩かない」なんて基本的なことから(こっちじゃその辺のルールがかなり緩いので)。

ところでこの “Enough” ですが、同タイトルのジェニファー・ロペス主演映画が封切られた時、邦題はどうなるのかな、と楽しみにしていました。こういう、単語ひとつのタイトルって和訳が難しいんだよな。「充分よ!」じゃ変だし、「いい加減にして!」じゃちょっと軽い。で、さっき調べたら、何と「イナフ」とカタカナ表記になってました。

逃げやがったな…。

2010年11月8日月曜日

Play by ear 臨機応変に対応する

職場にはほぼ毎日弁当を持って行ってますが、金曜だけは外食です。というのも、職場の仲間と誘い合って食べに行くことが多いから。先週も、同僚マリアと11時を回った頃、「今日はどうする?」という話になりました。
「エドが行こうって言ってるんだけど、彼、今、電話会議中なのよ。」
確かに私の隣にある彼のオフィスのドアは閉まっており、中から彼の話し声が聞こえます。
「12時までに終わらない可能性もあるって言ってたから、もしかしたら出発が遅くなるかも。」
とマリア。
「う~ん。それは困ったな。僕は1時から電話会議が入ってるんだよね。あまり出発が遅くなるようだと、単独で行かざるを得ないな。」
その時マリアがこう言いました。

“Let’s play by ear.”
状況に応じて決めましょう。

これ、何度か聞いたことのある表現だけど、ぴんと来なくて今まで使ったことがありません。文字通りに解釈すると、「楽譜を見ずに演奏しよう」です。目ではなく、耳で音を拾って楽器を演奏しようということ。でも問題は、「何故音楽の話題じゃないのにこの表現を使うのか」です。

で、先ほど調べました。これは、「楽譜を見ずに演奏する」が「楽譜なしで何でも弾ける」に発展し、さらに「計画せずとも状況に応じて行動できる」へと意味を広げたためのようです。これでやっと腑に落ちました。

2010年11月5日金曜日

Derogatory 相手を見下した、中傷する

ここ最近、久しぶりにAmerican Prometheus というCD本を聴きながらドライブしてます。これは、「原爆の父」と呼ばれたロバート・オッペンハイマーの伝記です。後半は非常に暗い展開になっており、中盤の原爆開発エピソードが寧ろ明るく感じられるほど。FBIにアカ(共産主義者)じゃないかと睨まれ、しまいには「原爆情報をソ連に流したのでは」と、あらぬ嫌疑をかけられます。

ここでFBI長官フーバーは、違法な盗聴などによってオッペンハイマーの周囲を洗います。そして過去の浮気の詳細も含めたレポートを、政府高官に流すのです。この時何度も使われる言葉に、

Derogatory Information
名誉毀損にあたる情報

というのがあります。フーバーはオッペンハイマーを貶めるため、根も葉もないエピソードまででっち上げ、以後この天才の名声は、坂道を転がるように悪化の一途を辿ります。Derogatory とは、Derogate (名声を落とす)という動詞から派生しているのですが、英語学習者にとってやっかいなのは、「デラガトリー」と発音しないこと。カタカナにすると、「ドゥラガトウリィ」となります。

ここでふと、8年前のケヴィンとの会話を思い出しました。彼は当時この単語が気に入っていたらしく、随分多用していました。元請け会社の面々の態度について苛立ちをぶちまける時は、特に頻発してました。たとえば、

Did you notice their derogatory expression?
あいつらの、人を見下したような顔つき、気付いたか?

私は彼が何と言ってるのかずっと分からなかったのですが、表情や声の調子から、メッセージは理解しているつもりでした。しかしある日、思い切ってこう質問したのです。
「ねえ、ドゥラガトウリィって何のこと?どういう綴り?」
言っていることが分からないままずっと黙っていたことを知りムッとしたのか、彼は
「聞こえた通りの綴りだよ。」
とぶっきら棒に答えました。それが分からないから聞いてるんだろうが!「どぅらがとうりぃ」をどう綴れっていうんだよ!英語学習者を見下した態度に、こっちがカチンと来ましたね。それこそがDeragatory じゃないか、と突っ込めば良かった、と後になって気がつき、悔しい思いをしたのを憶えています。

2010年11月4日木曜日

He’s gonna flip. きっとキレるよ。

昨日はロングビーチ支社で、あるプロジェクトのスケジュールを更新する仕事をして来ました。支社長のトラヴィスが、サーファー社員のマットを私にあてがい、今週中に二人で仕上げてくれと依頼しました。この男、海で鍛えた肉体と甘いマスク、少しウエーブのかかった短い金髪で、まるでハリウッド映画の二枚目俳優みたいな若者です。その上、日本人顔負けの謙虚さまで備えていて、娘の彼氏にしたくなるくらい良く出来た男なのです(娘いないけど)。

その彼と打ち合わせしていた時、二人とも決められないような悩ましい事案にぶつかったので、私が冗談で、
「マット、君が決めてくれよ。僕は技術的内容よく分かんないからさ。」
と言うと、
「そんなの無理だよ。勝手に決めてそれが間違ってたら…。」
と当惑し、

“Travis is gonna flip!”

と続けました。トラヴィスがフリップする???何だそりゃ。フリップって、裏返すってことだよな。意味を尋ねたのですが、ただ「トラヴィスがアンハッピーになる」と繰り返すだけ。僕は「何でフリップなのか」が知りたいのに…。

今日、オレンジ支社に行ったので、ここのところすっかり私の個人教師におさまっているスティーブンに尋ねたところ、
「すごく怒るってことだよ。Flip Out とも言うね。」
「何でフリップなのかな。だって裏返るのと怒るのって、一対一で繋がってるように思えないよ。」
「う~ん、それは僕にも分からないな。」
そこへ、すぐ横のオフィスでこの会話を聞いていたグレンという中堅社員が立ち上がってこちらへやって来ました。
「俺の聞いた話じゃ、 “Flip out the lid” という言い回しが語源だね。お湯が沸騰して鍋ややかんの蓋が吹っ飛ぶ、って意味さ。」

これでスッキリしました。新しく覚えた表現って、こうやって納得しないと使う勇気が湧かないんだよな。

2010年11月2日火曜日

The clock has not started ticking aloud yet. まだ本格的に始まってはいない。

会社組織に属しているとはいえ、私の職の安定性には何の保証もありません。コンスタントに結果を出し続けるだけでは不十分で、それを上手に売り込んでいかないと、気がついた時には日照り状態、そして突然失職。そういう運命が待っているのです。

重要なのは、「忙しい時こそ営業努力を惜しまない」こと。仕事に追われている時は「少し負荷を減らしたい」という心理が働くため、顧客開拓の意欲が鈍ります。で、気がつくと大きなプロジェクトが複数同時に終焉を迎え、閑古鳥が鳴き始める。売り込みを始めてから実際にプロジェクトが開始するまでは大抵数ヶ月かかるため、焦って動いてもすぐには忙しくならないのです。

実は今、丁度そんな状態。インド出身の同僚ウデイと食堂で話していた時、そんな実情をちょっと吐露したところ、
「アンダースと話してみたら?つい最近、巨大プロジェクトをゲットしたんだよ。もしかしたらチームに入れてもらえるんじゃない?」
と有難い助言をくれました。

さっそく、上下水道部門のナンバー2であるアンダースのオフィスを訪ねました。
「最近ゲットしたってプロジェクトのこと、聞きたいんだけど、いい?」
コンピュータに向かっていた彼は、こちらをにこやかに振り向いて快く説明してくれました。これは、7年間で予算250ミリオンという、久しぶりの大規模プロジェクト。これくらいのスケールになると、スケジュールや予算の管理をしっかりしないと、コケた時の損害が大きくなります。彼の説明が終わったらそこんとこをぐっと売り込もうと、待ち構えながら話を聞いていました。すると彼が突然プロポーザルのページをめくり、まるでこちらの心を読んだかのように、
「君の名前はとっくに入ってるよ。」
と組織図を指差しました。

なんと、私の名前が組織図の上の方にちゃんと入ってるじゃありませんか。下手な売り口上を聞かせる前に分かって良かった!
「スタートはいつ頃?」
「明日はクライアントとの初打ち合わせなんだ。すごくスケジュールのタイトなプロジェクトになると思う。だからプロジェクト・コントロール業務はとても重要で、君には期待してる。ただ、前裁きにしばらく時間がかかりそうなんだ。各種調整に4、5ヶ月は必要かな。」
それから彼は、こう付け加えました。

“The clock has not started ticking aloud yet.”

直訳すれば「時計はまだ音をたて始めていない。」ですが、要するに、プロジェクトが「本格的に始まっていない」ことを言いたいわけですね。

これはビジュアルの浮かんでくる詩的な言い回しで、いたく気に入りました。今後、多用しようと思います。

Presumptuous 厚かましい

先日、わが社のある大物幹部からメールが来ました。
「ホノルルで、日本語の出来る技術屋を探しているんだが、考えてみないか?」
詳細を読むと、米軍の基地移設部門と日本政府の間の橋渡しをするポジションが出来て、人材を探しているというのです。条件は、日米バイリンガルのエンジニアであること、プロジェクトマネジメントの知識があること、さらに契約業務の経験があることです。
「まるで君のために書かれたような業務説明だろ。」
私のオフィスにやってきて転勤の検討を勧めたダグも、そう言ってプッシュしました。

確かにこれはやりがいのありそうな仕事ですが、「ホノルルに三年以上勤務」と書いてあるのがひっかかります。引退間近ならまだしも、ハワイに長期間住むというのはちょっとなぁ。

翌日、大ボスのエリックからもメールで「検討してみては?」と打診され、更には品質管理部門の大物クリスまで私のオフィスにやって来て、意向を尋ねる始末。こりゃ本当に会社が必死になって探してるんだな、という空気を感じました。
「でもさ、クリス。僕はサンディエゴの暮らし気に入ってるんだよ。ハワイに三年って二の足を踏むんだよね。しかも今の仕事、楽しいし。」
「うん、分かるよ。でもシンスケしかいないでしょ、このポジションでちゃんとやれるの。全米でこんな条件を満たす人が、どれだけいると思う?」
私は少し考えて、
「必要に応じてサンディエゴから出張するってオプションは無いのかな。だったらやりたいけど。」
これを聞いたクリスの返答が、

I don’t think it’s presumptuous to ask them.
彼らにそう質問したってプリザンプチャスじゃないと思うよ。

え?何だって?ぷりざんぷちゃす?

渡米する前に英語の勉強をしていた際、何度も経験したのですが、「単語ひとつ」知らないために、試験の問題文がまるまる1ページ理解出来ないことが多々あります。逆に言えば、単語をひとつ憶える度に、理解の範囲は指数関数的に増えるのです。この時のクリスの一言も、はぁ?でした。

Presumptuous というのは形容詞で、Presume という動詞の仲間。Presume は Assume とともに「推測する」という意味で知られていますが、実は二つの間には大きな違いがあることが、昨日調べた結果分かりました。

Assume: 現在起こっていることについて推測する。
Presume: これから起こることについて推測する。おこがましくも~する。

つまり、Presume は先のことを勝手に思い込んで行動する、というニュアンスの延長に、「生意気にも~する」という意味合いがあるのですね。これがPresumptuous まで変化すると、遂には「厚かましい」という意味に昇華されるわけ。

I don’t think it’s presumptuous to ask them.
彼らにそう質問したって厚かましくはないと思うよ。

べんきょーになりましたっ!

2010年10月31日日曜日

アメリカで武者修行 第28話 PMPって資格知ってるか?

10月末のこと。次の職探しについてジョージに相談したところ、サンディエゴ支社にいる彼の同僚、ドンと会ってみるよう勧められました。ジョージと同じく70歳を悠に超える大ベテランのドンは、私を自分の特大オフィスに迎え、キャリアパスに関する示唆を二、三挙げた後、次の点を強調しました。
「君が何より先にやらなければならないのは、PE(プロフェッショナル・エンジニア)の取得だよ。PEはいわば切符だ。君は地下鉄の駅にいる。でも切符を持っていない。地下鉄に乗れないんだよ。まずは切符を買いたまえ。このままじゃ、隣の駅に行くにも歩かなくちゃならん。」

ひょっとしたら仕事を紹介してもらえるかもしれない、という甘い期待は見事に裏切られましたが、これは真摯に受け止めるべきアドバイスです。4月のPE試験に向けて気合を入れ直し、毎朝5時起きして受験勉強を続けました。同時に仕事探しも本格的に開始しましたが、なかなか先が見えません。世間で募集している職はほとんど「PE所持者に限る」という条件つき。そうでなければ、「製図ソフトが使える若手技術者求む」というもの。どちらにも該当しない私にとっては、実に苦しい戦いです。次に見つける仕事の場所によっては引越しも考えなければならず、ちょうどアパートの賃貸契約も1月で切れるため、大晦日までには何らかの決断をしなければなりません。じわりじわりとプレッシャーが増す毎日。

11月に入り、高速道路設計チームは「贅肉ゼロ」から「骨と皮」にまで人員をそぎ落としました。とうとう相棒のケヴィンまで、週3日勤務になってしまったのです。とは言え彼は、サンディエゴ支社に自分を売り込んだ結果、春から上水道業務を担当することが決まったので、今はその移行期間といったところ。ケヴィン以外には人脈のない私に彼は、
「サンディエゴ支社に行くたび、君を売り込んで来るよ。」
と約束してくれました。

設計プロジェクトは最終コーナーを回り、翌春には工事着工の運びになりました。当然ながら、土質調査や交通需要予測などの下請け業務はほぼ完了。私の仕事の重心は契約上の紛争処理などに移ってきました。ジョージは課題のリストと処理スケジュールを私に手渡し、頻繁に処理状況を確認するようになりました。2週間でリストの半分を解決した時、ジョージが親指を突き出して、
「やったな!」
と顔をほころばせました。私も親指を立てて笑顔を返しましたが、彼を満足させる度に自分の食い扶持が尽きて行くのだという現実を思い出すと、指先の反りも鈍ります。

それから暫くして、ジョージの姿を職場であまり見なくなりました。急用があって彼を探していた時、サンディエゴ支社のクリスが、
「彼の現場事務所勤務はパートタイムになったんだよ。」
と教えてくれました。コスト削減運動のリーダーがとうとう自分自身まで切ったということは、いよいよ私のクビも秒読み段階ということ。背筋が冷たくなりました。

11月末、元上司のマイクがイラクから戻ってきました。後釜のジョージでさえ片足抜いた状況ですから、当然マイクの戻る席などありません。この先どうするんだろうと皆で話していた矢先、リンダが意表を突いて十日間の大型連休を取り、マイクと二人でイタリア慰労旅行に出かけてしまいました。この情報を教えてくれたのはティルゾで、私は彼にこう尋ねずにいられませんでした。
「リンダはマイクと別れたんじゃなかったの?」
ティルゾはニヤリと笑った後、こう答えました。
「男と女の関係は、本人同士にしか分からないことがあるんだよ。」

帰国した彼女は、
「すっかり食べ過ぎちゃった。ダイエット再開しなきゃ。」
と、聞いているこちらが恥ずかしくなるほどのはしゃぎぶり。マイクの動向について尋ねてみたところ、とりあえずサクラメント支社に戻ったとのこと。
「イラクではストレスなく采配が揮える立場にいたみたいで、すごく満足して帰ってきたわ。軍関係に人脈も作ったし、その路線で次の仕事を探すんじゃないかしら。」
彼女自身は今後どうするのかという質問には、
「分からないわ。マイク次第ね。」
と完全復縁を匂わせる発言。

そんな折、7月に解雇されたカルヴァンが職場に戻ってきました。
「ヘイ、マイフレンド。元気だったか?」
過剰な人員削減の結果、最低限の仕事をするにも製図の専門家が足りなくなったようで、再び呼び戻されたというのです。あんな形で解雇されたのに、よく戻る気になったね、と尋ねると、
「前は契約社員だったんだ。真っ先にクビにされても文句が言えない立場だよ。今回は正社員として迎えられたんだ。条件が大幅に改善されたよ。」
「そりゃ良かった。ここ数ヶ月、昼休みのウォーキングを休んでたんだ。今日から再開だ。」
「オーケー、一緒に歩こうぜ。そう思ってウォーキングシューズを持ってきたよ。」
「準備がいいなあ。」

さて12月中旬のある日、PE試験の願書締め切りが迫って来たため、受験要綱を丹念に読み返していた私は、こんな文章に気付いて思わず目を疑いました。
「技術職経験として考慮されるのは、PEを持つ上司の下で働いた期間のみ。」
日本での14年間の現場経験が、「二年の技術職経験」という受験資格を楽々クリアしていると思い込んでいたので、これには愕然としました。しかも、
「契約業務は経験年数に加算できない。」
とまで書いてあります。つまり、今の職場でこれまでやってきた契約の仕事は、全く受験の助けにならないのです。今後この国で純粋な技術職を2年経験しなければPEを受験出来ないし、そもそもそのPEがなければまともな技術職には就けない。これじゃ、まったくの堂々巡りです。打ちひしがれた私は、ケヴィンに話しに行きました。
「何だって?受験要綱を見せてくれよ。」
と目を見開いてコピーを読み返していたケヴィンが、顔を上げて表情を曇らせました。
「これは俺の責任だ。申し訳ない。こんな厳しい条件があるなんて知らなかった。知ってればもっと早く手を打てたのに…。」
そんなわけで、PE受験は無期延期とするしかなくなりました。私はあまりのショックに呆然としながら、仕事探しの速度を上げなくっちゃな、と焦りを募らせていました。

翌日、まるでタイミングを計ったかのように、社長のダイアンから全社員に宛ててこんなEメールが届きました。
「イラク再建事業に参加する意思のある人は、年末までに履歴書を送って下さい。我が社は橋梁と上水道のプロジェクトに乗り出す予定です。米国にいたままでも出来る仕事はあります。現地勤務の意思がなければそう明記して下さい。そういう業務を充てることもあります。」
これには職場が一時騒然となりました。
「現場に一度も足を運ばず出来る仕事なんてあるのかね。この最後の文句はちょっと臭うな。」
とティルゾ。
「後になって、事情が変わった、現地へ飛んでくれ、というのはよくある話だよな。」
とケヴィン。
現地勤務さえなければ願ってもないチャンス。履歴書を出すだけ出してみようか、と妻に話しましたが、命を落とす可能性を考えると、さすがに二の足を踏みます。

数日後、ケヴィンが私のキュービクルにやって来ました。
「シンスケ、PMPって資格知ってるか?」
「いや、知らない。何それ?」
「プロジェクト・マネジメント・プロフェッショナルの略だよ。このところ、俺はずっと将来進むべき道について考えてた。このままいつまでも技術屋としてプロジェクトからプロジェクトへと渡り歩く人生は真っ平だ。今までの自分の経歴を考えると、プロジェクトマネジメントのコンサルタントを目指すという道も一案かなと思うんだ。シンスケだってPE取得を延期したところだろ。このPMPって資格を一緒に取ってみないか?」

何ヶ月も続けて来た受験勉強が突然ふいになり、エネルギーのやり場に困っていた私です。この資格取得の話は渡りに船。
「有難う、ケヴィン。職の安定に繋がるなら何だってやるよ。ウェブサイトのアドレス送ってくれる?」
これが人生の分かれ道になるとは、この時は想像もしていませんでした。

Milk わざと長引かせる

木曜日、久しぶりにオレンジ支社へ行きました。同僚アンと食堂で会った時、彼女の額にミミズ腫れの縫い目が走っているのに気付きました。瞬間、「あ、ハロウィンの仮装ね。」と納得したのですが、ちょっと待てよ、いくら何でも気が早い。まだ三日前だし。

「その傷どうしたの?縫ったの?」
と尋ねると、前日に同僚たちとソフトボールの練習をしていた時、球が当たったのだと言うのです。職場から数百メートル離れたところに市民グラウンドがあり、有志で月に一度お遊びのゲームを楽しんでいます。その日も、試合前に二人一組になってキャッチボールをしていたのだそうです。
「グラウンドの隅っこでデイヴィッドとキャッチボールしてたの。彼の投げたボールが、ちょうど枝と枝の間を抜けたのよね。」
球技場をぐるりと囲んで大振りな常緑樹が間断なく植えられていて、グラウンド脇には、手の届きそうな高さまで葉の繁った枝が垂れ下がっています。
「一瞬、ボールが葉っぱの中に姿を消して、気づいた時にはもう目の前。よける間もなくおでこに命中してたわけ。」
みるみる膨らんでいく額のコブ。彼女を取り巻く人の輪がどんどん大きくなって、加害者のデイヴィッドは青くなって謝り続けていたとか。

「で、縫ったの?」
「違うの、これ。ボールの縫い目の跡がついて、それがピンクに腫れちゃったの!」

後から食堂へ入って来たスティーヴンという若者(彼もその現場にいたそうです)が、笑いながらこう言いました。

“You should milk David!”

仕事に戻ってから、どうにもこの表現が気になりだして、仕事に身が入らなくなりました。ミルクって、動詞になると「金を搾り取る」という意味になるんだと思ってたんです。でもまさか、あの場面で「デイヴィッドから金を取れ」とは言わないよなぁ。
「スティーヴン、さっきの会話で、デイヴィッドをミルクしろって言ってたでしょ。あれ、どういう意味なの?」
この若者とまともに話すのはこれが初めてだったのですが、実に丁寧な解説が返って来ました。

ミルクには、「わざと長引かせる」という意味があり、例えば

He’s milking the task.
あいつ、わざとだらだら時間かけて仕事してるぜ。

などという風に使うそうです。今回のケースでは、アンにボールをぶつけてしまったデイヴィッドの罪悪感を長引かせるために、「傷が後々まで残るんじゃないか」とか、「脳に影響が出たらどうしよう」などと、不安をかきたてるような事をじわじわ言っていたぶってやれよ、という意味に使ったのですね。ま、冗談ですが。

子供の頃、千葉のマザー牧場へ遠足か何かで行った時、乳搾りの実演を見たような気がします。その時、ビュウビュウ飛び出して来るのだとばかり思っていた牛の乳が、実は糸のように細く、ごく少量ずつしか出てこないことを知り驚いた記憶があります。おじさん、あんなに一生懸命絞ったのに、バケツの底にちょっぴりしか取れてないじゃない。大変な仕事だなぁ、と。

ミルクに「わざと長引かせる」という意味があることを、この時の情景を思い出してビジュアル的に納得したのでした。

2010年10月29日金曜日

2010年10月27日水曜日

Pencils down. 鉛筆を置いて下さい。

今日はトレーニング二日目。午後4時近くになり、15人の受講者たちにまとめのテストを配りました。終了時間になり、私の使った決まり文句がこれ。

Time’s up. Pencils down.
時間切れです。鉛筆を置いて下さい。

実は私、このフレーズうろ覚えだったので、

Pencil down.

と単数形で使ってしまいました。私がこれを言い終わらぬうちに、参加者の数人が一斉に

Pencils down! Pencils down!

と言い始めたので、おおそうか、テストは大抵大勢で受けるんだから、ここは複数形が正しいんだな、と気付いた次第。

単複の区別って、英語学習者にとっての大きなハードルだな、とあらためて思ったのでした。

2010年10月26日火曜日

At your fingertips 指先一本で取り出せる

今日と明日は朝8時から夕方5時まで、トレーニングの講師です。8時間という長尺トレーニングを受け持つ(しかも二日間)のは生まれて初めてで(日本語でも英語でも)、内容は、プロジェクトマネジメントのためのソフトウェアについての説明。わが社の環境部門が過去一年かけて使いながらアップデートして来たものを、来月から交通部門と上下水道部門が使い始めることが決まり、プロジェクトマネジャー達に対する使用説明を依頼されたのです。

昨日の晩は頭の中でリハーサルを繰り返していたのですが、その時、
「このソフトウェアがあれば、今まであちこちから苦労して掻き集めなければならなかった情報が、指先一本で瞬時に取り出せます。」
という説明を思いつきました。英語にすると、

All the project information is at your fingertips.

ま、Fingertips は複数形なので、正確には「指先一本」じゃないのですが、言い回しとしてはこれが一番近い和訳だと思います。コンピュータ業界で使われていた表現が一般社会に広がったんじゃないか、というのが私の推察ですが、「情報が自由に引き出せる」と言いたい場面に使う表現としては、結構クールじゃないでしょうか。数年前あるトレーニングに参加した時、このイディオムを使った講師がいて、いつか活用してやろうと目論んでいたのです。

しかし何とも残念なことに、トレーニングを終えて先ほど帰宅するまで、この表現を使い忘れたことに気がつきませんでした。がっくり。明日必ず使おうと思います。

2010年10月23日土曜日

アメリカで武者修行 第27話 私達別れるの。

2003年10月。採用から一年が経過したということで、業績評価のための面接がありました。プレゼンテーション技術、リーダーシップ、コーディネーション能力などの評価項目が各十段階で採点され、最終的には四点満点の総合評価を頂きます。

さて、ジョージとの面接。
「私は君と働き始めて日が浅いので、評価はリンダに一任した。この書類に書き込んだのはすべて彼女だということを断っておく。一応目を通してからサインしてくれ。」
評価される側が自分の通信簿にサインするというのは、いかにもアメリカ的だな、とちょっと感心しました。一読したところ、彼女からの評価は概ね好意的。コミュニケーションの欄を見ると、さすがに会話能力についてはやや低めの評価でしたが、それ以外はほとんど高得点。一番高く評価されたのは、コーディネーション能力。日本での経験を活かせた、というところでしょうか。総合評価欄には、「契約業務全般において著しい成長を見せた」とあり、思わずニッコリ。厳しく指導しながらも、ちゃんと評価してくれていたんだと思うと、胸が熱くなりました。しかし最後に、“Recommended to be more assertive” (もっとassertive になることが望まれる)という一文が記されていました。書類にサインしてジョージに返しましたが、この “assertive” という言葉(日本語では「積極的に主張する」とか「断定的な」という意味)がその後も長い間、心に引っかかりました。

確かにこの仕事を始めた当初から、リンダには同じ意味のことを何度も言われて来ました。自分でもそうなれないことに苛立ちを感じてきましたが、初めは「英語がそれほど流暢じゃないのに、どうやってassertive になれって言うんだ」と自分で自分に言い訳していました。しかし段々と、言葉の問題よりもむしろ「物事をどの程度深く理解したら断定的になってもいいか」という自分の中のルールが少し厳しすぎるせいではないか、とも思い始めました。何かを100% 理解するまで待っていたら、いつまで経っても何も断定出来ないことになってしまいます。とは言え、中途半端な理解度で断定的な態度を取ればミスを犯す確率も高くなるわけで、私はこれまでそういうリスクを避け安全な道を歩んで来た結果、押しの強い印象を人に与え損なって来たのだろうなあと思いました。

しかしリンダだってやはり人間。間違いは犯します。彼女がものすごい剣幕でガンガン押して来た時、私が
「それは違うと思いますよ。」
と意見し始めると、大抵最後まで喋らせずに、
「私の話を聞きなさい、これが正しいのよ!」
と退けようとします。それでも辛抱強く説明していくと、ある時点で
「あらそうなの?それじゃあなたが正しいわね。」
とさらりと受け入れることがよくあるんです。そんなにあっさり切り替えられるんだったら、どうしてあれほど強く主張出来たんだ?と首を傾げてしまうことしきり。

ある日、元請けのORGで契約変更を担当しているトムとの会議に出席しました。その日の議題のひとつに、「ロックアンカー擁壁の導入に起因する地盤調査費用の増額」というものがあり、その書類一式を用意した私も臨戦態勢でリンダの横に座っていました。リンダの弁舌は立て板に水。
「標準タイプの擁壁を想定していたのにORGが変更した。そのために余分な地盤調査が必要になった。これはあなた達が払うべき費用よ。我々はこれ以上ただ働きしませんから。」
一方トムは、
「タイプがどうであれ、高速道路建設に必要な擁壁を設計するのはあんた達の仕事だ。設計に必要な地盤調査もあんた達が賄うべきだ。」
と十八番の屁理屈。リンダが顔を紅潮させ、
「ロックアンカー擁壁は、入札時には想定されていなかったのよ。契約書の地盤調査の項にも一切その記述がないじゃない。標準タイプの擁壁にかかるお金とロックアンカー擁壁にかかるお金との差分はあなた達が払うべきよ。」
と激しく応戦。そうして暫く鋭いジャブのやりとりが続き、双方のボクサーが息を整えるためコーナーへ下がった(椅子の背に身体を預けた)時、なんとリンダがこう言ったのです。
「ところでトム、無知を許して欲しいんだけど、ロックアンカー擁壁って何?」
これにはセコンドの私が激しくずっこけました。それを知らずにあそこまで強い態度に出られるのか、と畏敬の念すら覚えました。

彼女はちょっと前に、香港でR・リーという青年実業家の下で働いていた頃の話をしてくれました。この若き野心家の瞬間湯沸かし器的な短気は有名だったそうで、必要な情報が瞬時に出てこないとたちまち大爆発するそうです。部下はいつもビクビク、ピリピリ。ある時彼がリンダの目の前で、廊下を歩いていた部下を呼び止めて仕事の指示を始めました。そして、
「おいお前、メモ取らないのか?」
と言われた部下が、
「すみません、今ペンを持っていないので。」
と答えると、見る見る形相が変わっていき、
「ペンを持っていないだと?そんなこと知るか!今すぐ自分の手首を切ってその血でメモしやがれ!」
と怒鳴りつけたというのです。「すみません、ナイフも忘れました」などというユーモアが通用する相手ではなく、その部下はただただ縮み上がって説教されていたそうです。

「私は、そういう環境で長いこと働いてきたの。」
こんなエピソードを聞かされれば、リンダの仕事のスタイルには頷けるものがあります。まずは大雑把な情報をもとにとにかく走り始める。攻めの姿勢を保ちながら事案への理解を深め、間違いに気付けばしなやかに方向転換する。スピードの要求される仕事をこなすにはそういうスタイルが大事なんだなあと悟った次第(悟ることと実行することとの間には大きな隔たりがありますが)。そもそも私は、簡単に自説を翻せば己の信用やプライドが傷つくと考えてしまう方なので、仕事のスタイルを転換するにはまずその辺をクリアしなければいけません。

そんなリンダにある日、
「マイクは元気なんですか?」
と尋ねたところ、
「多分ね。」
という曖昧な返事が返って来ました。そういう質問にはもううんざりよ、という表情を感じ取って黙ったところ、
「私達別れるの。」
と言いました。ここのところ二人の間では諍いが絶えず、イラクからの長距離電話でもしょっちゅう大喧嘩しているそうです。
「プロジェクト終了間近になってこんなことになっちゃって、きまり悪いわね。」
彼女はマイクのところにあった自分の荷物をすべて引き払い、職場から二十分内陸に入った田舎に建つ一軒家の二階を間借りすることになりました。金曜の午後、ティルゾと私とで彼女の荷物の運搬を手伝い、引越しを済ませました。額の汗を拭きながら、リンダが遠くを見るような目でこう言いました。
「このプロジェクトが終わったら、中国へ行って仕事を見つけるつもりよ。」

2010年10月22日金曜日

Don’t hold your breath. 期待しないでね。

“Take My Breath Away” というタイトルのヒット曲がありますが、これを初めて聞いた時はまだ中学生だったので、「私の息を取り上げて」って一体どういうこと?と悩みました。だいぶ後になってから、これは「あまりのこと(驚きや美しさなど)に息をのむ」という意味だと分かりました。

She took my breath away.
彼女を見て思わず息を呑んだ。

「息を奪う」なんて、声を奪われる人魚姫を連想させます。表現が大袈裟すぎて、使うのが躊躇われますね。

さて、最近仕事で何度か、計画していたことがうまく行きそうになって「楽しみだね」とメールした際、

“Don’t hold your breath!”

という返信メールを受け取ることが重なりました。直訳すれば「息止めんなよ!」ですが、それじゃ訳が分からない。で、調べてみたところ、「期待しないでよね」という意味で使われていたことが分かりました。Hold breath で「息を止めて待つ」、つまり「期待する」「楽しみにする」となるわけ。「あまり期待しないでね」というのは友達や家族との間でわりと頻繁に使う文句。これをしっくり表現出来る英語のフレーズ、ずっと探してたんです。やっと見つけました。これからどんどん使って行こうと思います。

2010年10月21日木曜日

Dis 侮辱する

「パソコン」とか「泥縄」とか、日本人は「短縮語」を作るのが得意だと思います。アメリカに住むようになって、あらためてこのことに感心するようになりました。日本語学習者にとってはやっかいな代物かもしれないけど、一旦コツが分かってしまえば自分で色々創作出来るし、ほんとに便利なテクニックだと思います。

さて、昨日まで三日間は出張で、ロサンゼルスとオレンジ郡に滞在していたのですが、ホテルのテレビでこんなニューステロップを見ました。

“Elton John dissed American Idol.”

アメリカン・アイドルというのは日本で昔やってた「スター誕生」みたいな高視聴率大人気番組。審査員役を打診されたエルトン・ジョンがこれを断り、ラジオのインタビューで「テレビには出たくない。最近どんどんつまらなくなってるし、ほとんど脳障害を起こしてる感じだ。」とコメントしたというのです。ニュースのタイトルに使われた、

“Dissed”

ですが、元はどうやら黒人英語で、「Disrespect (見下す、軽視する、軽蔑する)」から来ているみたいです。「あいつ、俺をディスしやがった。」みたいに使います。そういえば、ちょっと前にコンストラクション・マネジャーのトムが、クビになった男のことを、
「あいつ、クライアントのお偉方をディスしちゃったんだよ。」
と話していたことを思い出しました。

この “Dis” という言葉、 “Discount” とか “Disregard” とか、動詞の前にくっついて、元の意味を反対の方向に変化させる役目があります。ほぼ原型を留めていないにも関わらず何となく意味が通じるのは、そのせいですね。

2010年10月15日金曜日

Step on someone’s toes. 人の領分を侵す

昨日の電話会議で、ある出席者の女性が、
「それは彼の所轄分野でしょ。だから私が下手にあれこれ動いて彼の領分を侵したくないの。」
と発言。実際には、

“I don’t want to step on his toes.”

と言ったのですが、直訳すると「彼の爪先を踏みたくないの。」

何となく雰囲気で意味が理解出来る言い回しなのですが、私はこの “Toes” に引っかかりました。Toe が「爪先」を指すとすれば、どうして Toes と複数形にするのか?なんで “Step on his toe” じゃいけないの?

で、隣の部屋で働く元上司のエドに尋ねました。すると、
「だって、みんな大抵10個Toe があるだろ?」
「はぁ?」

そう、日本語の「爪先」は足の先端部分を意味し、片足にひとつずつですが、英語では足の指の先すべてをToe と言うらしいのです。親指はBig toe で、小指はLittle toe だとか。だから、もしも

“I don’t want to step on his toe.”

と単数形で言われたら、「え?彼には足の指が一本しかないの?」と相手を戸惑わせてしまうみたいなんです。日本語の「爪先」イコール英語の「Toes(複数形)」なのですね。べんきょーになりました。

2010年10月14日木曜日

Love Handles わき腹のお肉

先週、サンディエゴ空港のターミナル拡張プロジェクトを手伝った時、会議室に同じメンバーとほぼ3日間缶詰になってました。この中に、朝から晩まで口も塞がず悪質な咳を連発していた男がいて、具合が悪いなら家に帰って寝ればいいのに、と非常に不快に思っていました。

で、予想通り、ガッツリ感染。一昨日、昨日と猛烈な頭痛に苦しめられ、なすすべなく寝込んでいました。今朝ようやく起き上がって体重計に乗ったら、2キロ近く減っていました。おまけに、わき腹の贅肉もすっきり落ちてるじゃありませんか!

出社して同僚マリアにそのことを話すと、
「寝ただけでわき腹のお肉が落ちたの?すごいじゃない!」
と羨ましそうに笑いました。

ところで、この時私が使った表現がこれ。

“I lost my love handles.”

わき腹の余分な肉は、Love Handles と呼ぶのですね。何でそんな名前がついてるのか前々から不思議に思っていたので、本日調べました。諸説あるようなのですが、一番気に入ったのが、

「メイク・ラブする時につかむハンドル」

というもの。なんじゃそりゃ、だけど笑えるのでこれを採用します。

2010年10月11日月曜日

Pretty, Beautiful, Hot. 綺麗な女

以前、同僚エリカとマリアと一緒にランチしてた時、俳優の誰がかっこいいか、という話をしたのですが、トム・クルーズは Cute でもあり Hot でもあるらしい。エリカはマシュー・マコノヒーの大ファンで、彼の場合は最上級の Smokin’ Hot だそうです。

さて一方、綺麗な女性を表現する時にはどういう形容詞を使うべきなのか、というのは以前から悩ましいテーマでした。下手すると誰かを傷つけたり怒らせたりするかもしれないため、なるべくそういう話題は避けるようにしていたのです。

数年前、元ボスのエドに初めて妻を紹介した時のこと。あとで私に、

“Shinsuke, your wife is pretty!”

と言ってくれました。プリティって、日本語では一般に「可愛い」って意味で使われてるけど、エドがまさか人の(しかもピチピチって歳でもない)奥さんを「可愛い」とは言わないよな、と怪訝に思ったことを憶えています。

今朝マリアが、彼女のお父さんが先週シカゴから遊びに来て、彼女のガールフレンド達に紹介したら「おお、みんなプリティだなあ。」って顔をほころばせてた、という話を聞かせてくれました。彼女の友達だってみんな四十がらみだし、「可愛い」ってのはちょっとおかしいよな、とこれまた首を捻りました。

で、さっそく調べてみました。

Pretty:  外見が綺麗。
Beautiful: 外見が綺麗で、魅力を感じてる。
Hot:    性的な対象として魅力的。

つまり、プリティは「綺麗な人だね」と客観的に評価する感じですね。ビューティフルはその人に魅力を感じていて、「ちょっと好きになっちゃったかも」くらいの入れ込み方もありでしょうか。そうなると、人の奥さんを「ビューティフル」と表現するのはトラブルの元ですね。

もちろん、 Hot はヤバいです。ビジネス・スクール時代、学生6人でプロジェクト・チームを作って非営利組織の仕事を請け負った際、最年少メンバーのブライアンがクライアントの女性を見て、

“She’s hot!”

と囁きました。本人の耳には届かなかったけど、これを堅物の友人ケヴィンは聞き逃さず、ブライアンを厳しくたしなめていました。日本語だと「いい女だぜ!」ってとこでしょうか。公の場で使うのは避けた方が良い言い回しですね。

2010年10月10日日曜日

アメリカで武者修行 第26話 そこに立って何か考えているのかね?

2003年9月。イラクへ飛んだマイクの留守を預かるため、サンディエゴ支社から新しいプロジェクトマネジャーがやってきました。名前はジョージ。業界歴四十年の大ベテランであるだけでなく、海軍勤務が長かったようで、ベトナム戦争にも出征したとか。向かい合うと思わず目を逸らしたくなるほどの、強烈な威圧感があります。軍服を着ていないことがむしろ不自然に感じられるほどで、その風貌はまるで「最前線の司令官」。短く刈り込まれた銀髪、鍛錬を物語る太い首。「入りたまえ」と入室を促す張りのある声は、内臓に響きます。コンピューターの操作に使うのは、両手の人差し指のみ。文書は全て手書きです。そのくせ、エクセル表の中の小さなミスは瞬時に探し当てます。何かそのための特別な嗅覚でも備わっているかのようで、私の提出する書類をさらっとめくっただけで、ぴたりと計算ミスを指差すのです。仕事の指示は常に箇条書き。しかもすべて報告期限つき。普段の報告・連絡でも、中華包丁でザクザク白菜を切るような具合に会話を運ばないと、眉間の皺がみるみる深くなっていきます。込み入った事情を説明し始めると直ちに制止し、
「で、君の結論は?」
と、まるで喉元に短刀を突きつけるかのように容赦なく挑んで来ます。一問一答が淀みなく流れなければ、回答者は不合格、そして退場、という厳しいルールで動くマネジャーなのです。

ある日のこと、この十ヶ月間必要に応じて測量業務を頼んできた業者との契約額が上限に近づいて来て、今後更に仕事をしてもらうためには契約変更が必要だと上申したところ、
「金が足りないと言われてハイそうですかと払うわけにはいかん。何故その額で不足なのかを明らかにさせ、納得できない理由であれば現契約額で仕事をしてもらう。」
と言われました。至極真っ当なお答えです。
「しかし昨年秋の発注時点で、どれくらいの業務を依頼するか正確に見積もる術はありませんでした。必要に応じて測量を頼む、というだけの契約書を結んだのもそのためです。現実の業務量が当時の見積もりより多いことが分かった今、今後は無料で働いてくれ、という訳にはいかないと思うのですが。」
と言うと、
「君はある契約額で家の設計を業者に頼んだ場合、窓のデザインが難しかったから、と泣きつかれて更に金を払うのかね?」
と返されました。
「いえ、この場合、家の設計を任せると言っておきながら庭や生垣のデザインも頼んでしまった、というたとえの方が適切だと思います。」
と切り返すと、
「それではその追加分の設計額を算出して、まず元請けに申請するべきだろう。」
と即座に突っ込まれ、ぐっと詰まってしまいました。即答を心がけるあまり、とっさに中途半端なたとえ話を持ち出してしまったことを悔やみました。下請け会社と結んだ契約書があまりにも曖昧なため、過去の測量業務は「これは対象外」「これは元々頼んでいたこと」と明確に線を引くのが容易でなく、しかも私は発注事務を担当してきただけで、各測量業務の中身を熟知していたわけではないのです。

私がそのまま黙ってしまうと、二秒もしないうちに、
「君はそこに立って何か考えているのかね、それとも何も浮かばなくて黙っているのかね?」
と真顔で尋ねます。うわぁ、そんな非情な追い込みをかけるのかよ、と焦りながら、
「どうやって対象外の数字だけ弾き出そうか考えていたんです。」
と答えると、
「実際に仕事を依頼した設計担当者達に話を聞きたまえ。まず内容を分析しなければ数字は出せんだろう。」
おっしゃる通り。すごすごと退散です。

席に戻って落ち着いて考えているうちに、そのくらいのチェックは最初からやっておくべきだった、どうして自分は言われるまで動かなかったんだろう、と無性に悔しくなって来ました。しかしすぐに、責任の範囲が明確に定義されていないことがこうした問題の原因になっているのだという、何度も蒸し返し繰り返し考えてきた結論にまたもや辿り着きました。さっそく翌朝、ジョージに質問します。
「これまで私は、下請契約や支払い等の事務的業務を遂行するよう指示されてきました。実際、下請け業者の仕事内容にはほとんど関わって来なかったのです。昨日のご指示を総合すると、もう少し踏み込んだマネジメントを要求されているように受け取れるのですが。」
すると彼は、
「その通りだ。君には事務処理だけでなく、下請けのマネジメント全般をやってほしい。君の経歴から考えたら、そうすることが正しいと思う。これは君自身のためでもあるんだ。」
と、私の目を真っ直ぐ見据えました。これにはちょっと感動しました。この人は部下のバックグラウンドをしっかり把握しており、その成長まで考慮に入れて指示を出しているのだということが分かったからです。

そのジョージが、ある日我が社のスタッフを全員召集しました。ケヴィンと私、そして総務経理担当のシェインを含め、今やたった十人しかいません。会議の目的は、現在のプロジェクトに関する会社の方針説明でした。
「我々が社長から与えられた期限は、来年三月。クラウディオと話して、三月一杯でこのオフィスから撤退することにした。それまでに残りの設計業務を片付け、未解決の課題はすべて清算する。三月まで時間があるということではなく、最悪のケースが三月なのだと思ってほしい。このオフィスで我々JVチームが一日過ごすだけで、毎日数万ドルのコストがかかっている。一週間でも一日でも早くここを去れば、それだけ損を減らせるんだ。とにかく総員全力を挙げて成果を出して欲しい。」

会議の後、あらためて彼のオフィスを訪ね、ずっと心に引っかかっていた疑問をぶつけました。
「私の担当業務は、効率よく進めれば、年末までにすべて片付くかもしれません。その場合、三月を待たずにお払い箱になるということでしょうか。」
彼は微かに顔を歪め、少し間をおいてから、
「残念ながらそういうことだ。君もすぐに仕事探しを始めた方がいい。」
と答えました。

こうして、業務効率を上げれば上げるほど失職の日が早まるという、一種自虐的なゲームに組み込まれてしまった私。冷静にまわりの状況を眺めれば、そもそも残留組のひとりでいること自体が奇跡的と言うべきなのでしょうが、仕事探しの過酷さを一年前に経験している私に、このゲームを楽しむ心の余裕はありません。

オフィスの入り口近くの廊下の壁には、「在、不在」を示すマグネットボードが二枚かかっています。ある朝、左側の一枚から名前がすっかり消えているのに気付きました。よく見ると、去って行った人たちの名札が下の方に乱雑にまとめられているのです。そしてその上にマジックで、大きな下向きの矢印と Graveyard(墓地)という殴り書き。誰の仕業か知りませんが、それを見た人たちは皆顔を見合わせ、寂しい笑いを浮かべて立ち去るのでした。

2010年10月9日土曜日

With all due respect. お言葉を返すようですが。

昨日まで三日間、サンディエゴ空港のターミナル拡張プロジェクトの手伝いのため、現場のオフィスに詰めていました。スケジューリングの第一人者(グル)として、プロジェクト・チームのスケジュラー達を指導してくれないか、と声がかかったのです。誰の勘違いで私がグルに仕立て上げられたのか分かりませんが、依頼主のディレクターは週明け月曜の役員会に提出する資料を完成させなければならず、明らかに焦っています。助けてあげたいし、空港の仕事は初めてで、私にとっても良い経験になりそう。結局、我が社のトップスケジュラーであるボブにシカゴから駆けつけてもらい、二人で乗り込むことになりました。

蓋を開けてみると、現場のスケジュラー達6人は、年齢こそ若いものの、私よりはるかにスケジューリング経験の長いツワモノ揃い。見栄張って専門家面して、単独で来ないでよかったぜ~、と内心ドキドキしていました。毎日毎日額をつき合わせて仕事しているというこの若者グループは、仲の良さがビンビン伝わってくるほど結束が固く、冗談を飛ばしながら、絶妙なチームワークできびきびと仕事を片付けて行きます。

彼らの間で一時的に流行っていたのかもしれないけど、仕事中にこんなセリフが何度も飛び交っていました。

“With all due respect.”

まず相手の意見を手厳しく批判してから、もったいぶった声でこの言葉を付け足すパターンが横行しています。あとで調べたところ、「失礼ですが」とか「お言葉を返すようですが」とかいう意味だということが分かりました。Due というのは、赤ん坊の誕生予定日や借金の支払期限、レポートの提出締切日などを指す場合に良く使われる言葉。 “Due date” みたいに。知らなかったんだけど、実はそのほかに、「当然与えられるべきの」という意味があったのです。 “With due respect” は「当然敬意を払われるべき」となるのですね。

“I think it’s a bad idea, with all due respect.”
そりゃ駄目だと思うよ、お言葉を返すようだけど。

上の句が辛らつであればあるほど、この慇懃な下の句がピリッと効いて来る仕掛け。ふと昔、松尾貴史がやってた西部邁のモノマネを思い出しました。
「失礼ですがあなた、民主主義という言葉の意味、ご存知ですかぁ?」
あのヌメヌメした声の真似、ほんとに名人芸だったなあ。

2010年10月8日金曜日

Out of sight, out of mind. そばにいなけりゃ情も薄れる

数ヶ月前まで、オレンジ郡のオフィスに週二日か三日の割合で通っていました。私がサポートするプロジェクト・マネジャーの多くがそこで働いているから、というのが主な理由なのですが、そもそも私が提供しているのは電話とコンピュータとメールがあれば出来るサービス。果たしてそんな頻度でわざわざ出向く必要があるのだろうか、という疑問が日々膨らんで来ました。毎週ホテルに一泊させてもらっているとはいえ、長距離ドライブは肉体的にもキツイし、家族と過ごす時間だって犠牲になります。そこである日ボスのリックに、オレンジ支社に出向く回数を減らせないか相談してみました。
「賛成だよ。君はもう充分顔が売れてるんだから、サンディエゴからだって仕事は出来る。こっちのオフィスに来る頻度を減らせば、君は時間を有効に使える。それに毎週のホテル代だって浮く。うちの部門の経費節減にもなるから、一石二鳥だ。」

というわけで、オレンジ支社への出張は二週に一回まで激減。おかげで、毎日を規則正しく送れるようになりました。定時に会社を出て息子を学校まで迎えに行ったり、帰宅後エアロバイクを漕いだり、と極めて健全な生活がしばらく続きました。ところが最近になって、仕事量がじわりじわりと減って来ているのに気付いたのです。原因が分からず焦っていたところ、ある日経理のベスがオレンジ支社のマーカスと電話で話しているのを偶然耳にして、ギクリとしました。
「私だって、シンスケがそっちのオフィスに行ってる時は困ってたのよ。この頃はほとんどこっちにいるから、仕事をすぐに頼めて助かるわ。」

どうやらマーカスは、私が最近めっきり顔を出さなくなったことで、ベスに不満を漏らしていたみたいなのです。目の覚める思いでした。電話一本かけてくれりゃすぐに応えるのに、と思うのはこっちの勝手で、直接会って仕事を頼みたい人だっているんだよな。思い返せば、私がオレンジ支社内を歩いてる時、
「お、ちょうどいいところに現れたな。ちょっと頼みたいことがあるんだけど…。」
と仕事の依頼が飛び込んで来ることは何度もあったのです。仕事量の減少は、私の営業努力不足に起因していたのでした。

先週ボスのリックを訪ね、事情を話しました。
「これからはまた少し頻度を増やしたいのですが。」
と言うと、
「そうか、早く気付いて良かったな。君の言ってること、良く分かるよ。顔を合わせてないと、存在感も薄れていくものだからな。」
と理解を示してくれました。この時彼の使った言い回しが、

Out of sight, out of mind.

という常套句。「視界に入っていなければ、その存在は忘れられる」という意味。意訳すると、「そばにいなけりゃ情も薄れる」でしょうか。確かにその通りです。長距離恋愛が悲しい結末を迎えがちなのも、そんな人間心理が主要因なのだと思います。
「あなたのこと、ほんとに好きよ。でも私、いつもそばにいてくれる人の方が大事だって分かったの。」

PMたちに突然別れ話を切り出される前に、営業活動に精を出したいと思います。

2010年10月3日日曜日

無ケーカクの命中男


最近、映画などで度々こんな表現を耳にします。

Do it already!

Already (既に)というのは過去形や現在完了形でしか使われない言葉だと思っていたので、こんな「おととい来やがれ!」みたいな不思議な言い回しには首をひねるしかありませんでした。

最初の出会いは、映画「Knocked Up」で、日本では「無ケーカクの命中男/ノックトアップ」というタイトルになってるらしいです(こんなふざけた邦題がまかり通るとは驚き)。 “Do it already!” は映画のストーリー上、とても重要なセリフ。この発言の解釈が、主人公となる男女の間で違っていたことから話がこじれていくのです。

さきほどネットで調べたところ、Already には「素早く」とか「すぐに」という意味もあるらしいことが分かりました。 “Do it already!” はつまり、「早くしてよ!」ってことですね。映画の中で、女性は「早く避妊具つけてよ!」のつもりでそう言ったのに、男性は「もうそんなのいいから早くしてよ!」と言われたんだと思ってた、というわけ。で、見事一発命中。

ま、そう考えると「無ケーカクの命中男」も悪くない邦題か…。

2010年9月30日木曜日

I’ll count on it. 楽しみにしてるわ。

コンストラクション・マネジメントの総務を担当しているカレンは、いかつい男達が群れる工事現場でも、臆することなくバンバン発言出来るタイプの女性です。暫くは気圧されて彼女に近づけなかったんだけど、先日オックスナードで披露した私のプレゼンをいたく気に入ってくれたようで、後日わざわざメールをくれました。
「グレート・プレゼンテーションを有難う。またお願いね。」

さて、10月半ばにロサンゼルス本社で二日間トレーニングを受けることになり、カレンがチャージ・ナンバーを送ってくれました。彼女がロス勤務であることを、その時初めて知りました。
「君はその日、オフィスにいるの?いるなら挨拶に行くけど。」
「私のオフィスは、トレーニング・ルームから中庭を挟んで向かいのビルにあるの。同じ階だから、窓から全部見えるのよ。」
「じゃ、着いたら手を振るね。」
これに対する彼女の返信に、一瞬戸惑いました。

I’ll count on it!

カウント・オンというのは、

You can count on me.
僕にまかせてよ。

などのように、「当てにする」という意味だとずっと思っていたのですが、それだとこの状況に馴染みません。手を振らなければ彼女の身に大変なことが起こるというなら話は別だけど。

調べてみると、微妙な違いながら、「期待する」という意味もあるのですね。
「じゃ、着いたら手を振るね。」
「楽しみにしてるわ。」
ってことでしょう。

粋な表現を覚えました。

2010年9月28日火曜日

アメリカで武者修行 第25話 マイクが笑ってるぜ。

2003年8月中旬、月曜の朝のことでした。その日の運転当番だったケヴィンが私のアパートに迎えに来たのですが、いつになく固い表情。高速道路に入ってすぐ、
「後部座席にあるファイルを見てくれよ。」
と重たい声で言いました。助手席から身をねじってファイルを手に取ります。
「この週末、家でずっと仕事してたんだ。クラウディオからのプレッシャーがきつくてね。そいつは先週彼から渡されたファイルなんだ。三ページ目を開いてくれないか。」
ページをめくると、そこには組織全員の名前がリスト化されています。そしてなんと、そのうち数人の備考欄に、任期切れの時期が記してあるのです。ケヴィンの名前の横には、2003年9月という文字。マイクの予告通り、今月一杯でクビということです。ショックを受けつつも、反射的に私の目は自分の名前を探していました。そして、自分の任期切れが来年3月となっていることを確認しました。老フィルは「10月からパートタイム」となっていました。
「このファイル、先週半ばに渡されてたんだけど、忙しくてずっと見てなかったんだ。土曜日にようやくそのページに気付いて、自分があと二週間でクビだと知ったわけさ。最近大事な仕事をどんどん任されるから、この先も俺を使い続けようとしてるんだと思いこんでた。甘かった。」

ケヴィンの担当業務である用地選定はほぼ終了しており、あてにしていた有料区間道路設計の業務契約が破棄されたことで、足元の氷が急速に溶け始めていることを彼自身よく分かっていました。そんな折クラウディオは、成果物の提出スケジュール管理システムなど、マネジメントツールの作成をケヴィンに任せるようになりました。そして先週、より包括的なツール作りを促すため、自らのマル秘ファイルをまるごとケヴィンに渡したのだそうです。もちろん門外不出という条件で。
「でも、仮に解雇しようとしてるとしても、二週間前までには本人に告知しなきゃいけないって規則なんじゃないか?」
と私が言うと、
「今日がその二週間前なんだ。宣告を受けるとしたら今日の夕方かな。参った。こんな気分のままじゃ、一日働き通せるとは思えないよ。」

職場に到着し、会議室のドアを内側からロックして二人で対策を検討した結果、ここはやはりクラウディオの口からきちんと真意を聞くべきだろうという結論に達しました。いくらなんでも、それとなく解雇の日付を見せて告知代わりにしようなんて話はないだろう、と。そして午後遅く、ケヴィンが私のキュービクルにやってきて言いました。
「クラウディオと話してきた。今月一杯という話はなくなったよ。気が変わったんだって。いつまでかは言われなかったけど、ひとまず生き延びた。」
安堵で顔がほころんでいました。

有料区間道路設計の契約破棄通告を受けてからというもの、クラウディオはオフィスのドアを閉め切って仕事することが増えました。就任当時「いつでもドアは開けておく。自由に出入りしてくれ」と言っていた彼がドアを閉め始めたとあって、職場に緊張感が漂います。期待させるだけさせておいて我々を無残に捨てた元請けに対し、クラウディオは全面戦争をしかける覚悟を決めました。
「現在の設計業務で損を出しても次の仕事で挽回出来ると踏んでいたからこそ、これまで我々は元請けの横暴な要求にも度々応じて来たんだ。このまま引き下がれるか。」
彼は同時に現組織の財政を引き締めるべく、大胆な人減らしを開始しました。

ケヴィンの解雇騒ぎから一週間後、フィルが出勤早々私のキュービクルにやって来ました。
「お前さんには知らせておいた方がいいと思うので言っておくが、昨日解雇通知を受け取ったよ。今週一杯でおさらばだ。」
クラウディオのマル秘ファイルでは「十月からパートタイム」となっていたのに、いきなりの解雇です。
「明日から来なくていいと言われたが、進行中の仕事にケリをつけておきたいから、今週一杯に延ばしてもらったよ。」

翌日、彼を誘って近くのイタリアンレストランへランチに行きました。二人で食事をするのはこれが初めて。彼は今回のことについては何も触れず、今まで手がけてきたプロジェクトにまつわる愉快なエピソードをいくつも披露してくれました。建設中の橋の上に軽飛行機が真夜中に不時着し、パイロットが飛行機から降りて初めて足元の橋桁がすかすかの穴だらけなのに気づいて肝を冷やした話には、二人で大笑いしました。しかし、日米の労務慣習の違いに話が及んだ時は、急に顔をこわばらせてこう言いました。
「この国にはびこる悪しき慣習は、何か問題があるとすぐ他人のせいにして責任をとらせようとすることだ。」
彼がどの程度自分自身の解雇に関連付けてそんなことを言ったのかは分かりませんが、印象的なセリフでした。翌週、彼は十ヶ月働いたサンディエゴを後にして、奥さんや子供の住むサンフランシスコへ帰りました。
「手当たり次第、友達に電話をかけてみるよ。どこかに仕事はあるだろう。」
と、笑顔で固い握手を交わしつつ。

その翌週、ニューヨーク支社から派遣されていたトムとヨンが八ヶ月ぶりに元のオフィスへ戻り、後任はゼロ。続いて、都市施設担当のニキータの辞任が決まりました。ちょうど雇用契約更新時期が来ていた彼女は、クラウディオから現在よりはるかに低い報酬を提示されたそうです。これまでサービス残業も厭わず馬車馬のように働いて来たというのに、そのお返しがこれか、と憤りに身を震わせていたところ、以前解雇されシアトルで職を得たジムが、「都市施設の専門家を探してるんだが」と電話してきたそうです。これ以上ないタイミング。彼女は高給でシアトルへ引っ張られることになりました。

ある日のこと、Eメールでイラクから送られてきたと見られるマイクの写真が、掲示板に貼られていました。迷彩色の戦闘服に身を包み、右肩にはM16小銃。青く渇いた空の下、橋の真ん中に仁王立ちしてニッコリ笑っています。
「おい見ろよ、マイクが笑ってるぜ。」
通り過ぎる人たちが思わず立ち止まって見入ってしまうほど印象的な写真です。いつも苦虫を噛み潰したような顔をしていた彼が、灼熱の戦場で少年のように清々しい笑顔を見せているのですから。ケヴィンが感慨深げにこう言いました。
「命がかかっているとはいえ、この混乱した職場から抜け出して秩序に満ちた世界に身を投じたんだ。案外救われた気分でいるのかもしれないな。」

2010年9月27日月曜日

Scosh 少~し

今日の昼過ぎ、日本通の同僚ダグが私のオフィスにやって来ました。
「昨日、PBS(こっちの公共放送)を聞いてたら、scosh (「すこうし」という発音)ってどういう意味ですかって質問してるリスナーがいたんだよ。え?知らないの?って驚いちゃった。」
私もその単語を知らないと言うと、二度驚いて、
「僕のワイフも知ってたよ。日本語の少しから来てるんだよ。中西部じゃ皆使ってるな。」
と説明してくれました。

ネットで調べてみると、いくつか例文が出て来ました。その一例がこれ。

Google just made it a scosh easier to become a mobile app developer.

なるほど、a little bit をa scosh に言い換えたわけだ。とすると、こっちじゃ日本語の「すこ~し」がクールな言い回しとして使われてるということ。なんかちょっと可愛い。

2010年9月26日日曜日

On top of 状況を完璧に把握している

先週、南カリフォルニアの環境部門長であるジョエルが、サンディエゴ支社の交通部門のトップに対して私のことをべた褒めしているメールが、エリック(私の大ボス)から転送されてきました。

こういうのは悪い気がしません。得意になって、思わず妻に転送してしまいました。すると彼女が、

「On top of ってどういう意味?」

と返信。え?そんな言葉あったっけ?

読み返してみると、確かにそういうくだりがあります。私を褒めてるところとは全然関係ないけど。

We are on top of the situation.

On top of という表現は、色々言ったあとで、「さらには…」と何か付け加える時に使うことが多いのですが、この場合にはちょっとあてはまりません。ちゃんと調べたところ、「状況を完璧に把握している」という意味になることが分かりました。物見台に上った人が、眼下の町を見渡して様子をつぶさに観察し、状況を把握しているイメージ。

She is always on top of her division’s financial status.
彼女は管轄部門の財務状況を、常に完璧に把握している。

という感じで使えます。いいですね。とてもかっこいいフレーズだと思います。

2010年9月25日土曜日

Wake-up call モーニングコール?

先日のジムの送別会で、昨年転職してわが社を去ったメリッサと再会しました。彼女は凄腕のエンジニアであると同時に、有能なプロジェクト・マネジャーとしても知られていました。新しい会社に入って一年も経たないうちに、南カリフォルニアを統括するPMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス)の長を任され、我々元同僚を感心させたほど。ところがこの新しいポジションがかなりの激務らしく、私の最近のメールに二週間も返信出来なかったほど。

数ヶ月前、彼女の新居に家族で招待された際、最初は恥ずかしがっていた4歳の娘シルビアが、我々の帰り際に綺麗なお姫様の衣装に着替えてダンスを披露してくれました。その四歳児が先日、顔を紅潮させて小さなこぶしを机に叩きつけたのだそうです。
「ママ!うちで仕事するのヤメテよ!」

このところ、あまりの忙しさに仕事を持ち帰って週末もパソコンに向かっていたメリッサ。それがどれだけ娘を傷つけていたか、この時初めて気がついたのです。両手で胸をおさえてメリッサが苦しげに言いました。

“That was a wake-up call.”

この表現、最近よく耳にするのですが、一般にはホテルでフロントに「朝5時に起こしてね」とお願いするモーニングコール(これは和製英語)のことです。でも、今回メリッサが意味していたのは、固い表現だと「警鐘」。こりゃやばいぞ、と思わせる報せですね。柔らかい言い方だと、「これにはギクリとして我に返ったわよ」というところでしょうか。

母親であり妻でありつつフルタイムで働く女性というのは、こういう苦しさを避けて通れないのでしょう。母親であるだけでも充分大変なのに!私なんかは、こういう立場にいる女性は無条件で敬服してしまいます。能天気にタラタラ仕事してて、ほんとに申し訳ない。

2010年9月22日水曜日

Under the gun 切羽詰って

5年以上の付き合いになる熟練PMのジムが、ワシントンDCのオフィスに転勤することが決まりました。かつて一緒に仕事した仲間が集まってオレンジ郡のレストランで送別会を催すことになり、昨日の夕方、出張先のロングビーチから現地に向かいました。ところが、高速道路が予想以上に渋滞していて、駐車場に車を停めた時は既に集合時間を5分ほど回っていました。急いでいたにも関わらず、車を降りる前に何気なく携帯電話をチェックしたところ、メッセージが入っています。南カリフォルニア地区の上下水道部門長、クリスからでした。

I’m sort of under the gun and need to talk to you right away. Can you give me a call?
ちょっと切羽詰ってるんだ。今すぐ話したい。電話くれるか?

この Under the gun という表現は、直訳すれば「銃を突きつけられてる」で、「切羽詰った」「プレッシャーのかかった」状況を指します。まるで「24」のジャック・バウアーが、武装した敵グループに捕えられた仲間からのSOSを受けた時のような感じ。迷わず折り返し電話をかけましたよ。

というわけで、すぐに返事が欲しい時は、この I’m under the gun. という一言をメッセージの冒頭で使うと効果的だということが分かりました。

2010年9月20日月曜日

Up to Snuff お眼鏡に適う

熟練PMのジムが先日、フロリダ在住のチームメートに宛てて、こんなメールを送りました。

Our client has added another layer of review on our invoices and we have had to accept short payments because receipts have not been up to snuff.
クライアントは請求書を念入りにチェックするため、人を増やした。彼らの基準を満たさなかったため、満額支払われなかった請求書もある。

そして、「出張の際は、食事しても駐車場で料金を払っても、必ず明細入りのレシートを貰っておくこと」という注意を付け足しました。

ジムの使ったこの Not up to snuff ですが、語源を調べると、Snuff というのは「嗅ぎタバコ」もしくは「においをクンクン嗅ぐ人」という意味でした。昔、嗅ぎタバコを吸う人というのは地位が高く裕福で、いわゆる「違いが分かる」人だとされていたようです。そういう人のお眼鏡に適うのが Up to snuff で、Not up to snuff は「基準に満たない」ということになったのだそうです。

ところでこの表現を調べている過程で、Snuff というのはムーミンに出てくるスナフキンの「スナフ」だということを知りました。原語でのスヌスムムリクも、「嗅ぎたばこを吸う男」という意味だそうです。彼の孤独な後姿、かっこよかったなあ。いかにも「違いが分かりそうな」男でした。

2010年9月19日日曜日

アメリカで武者修行 第24話 このままおめおめと引き下がれないわ。

2003年7月中旬。ケヴィンは実家のあるオークランドで結婚式を挙げた後、新婚旅行に出かけるために二週間の休みを取りました。ほぼ同時に、私も週末を挟んで三日間だけ有給休暇を取り、東海岸へ飛びました。義理の両親と合流し、家族五人のドライブ旅行です。まずはヴァージニア州ノーフォークに飛び、義父母の知り合いで、海辺の豪邸に住む老夫婦の家に二泊させてもらいました。翌日はペンシルバニア州ランカスターという、アーミッシュで有名な街へ行きました。アーミッシュとは、質素な生活様式を貫くキリスト教徒。電気は一切利用せず、冷蔵庫はガス式、アイロンは圧縮空気式という徹底ぶり。もちろん自動車は使わず、馬車か自転車で移動します。時速80キロで車が突っ走る道路の脇を、トコトコと行き交う馬車を何度も目にしました。電気も電話も、もちろんインターネットもない生活なんて、今の自分には耐えられそうもないなあと思いました。デジカメの充電が切れて記念写真が撮れず、地団太踏んで悔しがっていた妻も、きっと私と同意見でしょう。そして最終日の日暮れ前、ニューヨークのワールド・トレード・センター跡地に到着しました。新しいビルの基礎工事が既に始まっていて、まるで巨大隕石が落ちた後のように、広大な面積の地面が深くえぐれていました。

さてその翌日、ニューアークの空港で義父母と別れ帰途につきました。ところが、飛行機に乗り込んだ途端雷雨が激しくなり、待機状態が長時間続きます。結局、飛び立ったのは三時間後の午後五時でした。中継地のクリーブランドでは、一日一本しか無いサンディエゴ行きが既に飛び立った後で、翌日の夕方まで便はないとのこと。しかたなくこの地で一泊することになりました。空港の公衆電話から職場に電話すると、老フィルが
「そりゃまた退屈なところで足止めを食ったもんだな。」
と愉快そうに笑いました。
「仕事の方は順調だよ。せっかく一日延びたんだ。夏休みを最後まで楽しんで来るんだな。」

一日遅れで帰宅し、翌朝は早起きしていつもより一時間早く職場に入りました。さっそく溜まったメールのチェックを開始。すると、何かただならぬ雰囲気のやりとりがいくつか混じっていることに気付きました。どうやら留守中に事件が起きたみたいだな、と覚り、ちょうど出勤してきたフィルに尋ねました。彼の口から飛び出したのは、我々JVにとって最悪のニュースでした。
「火曜の夕方、有料区間道路の設計契約が破棄されたんだよ。お前さんとの電話を切ったすぐ後だった。」

現在進めている無料区間の道路設計はあと半年で終わる見込みですが、有料道路の設計が始まればあと三年は食い繋げる予定でした。元請けのORGから毎日ギリギリと絞り上げられながらもこれまで我慢してきたのは、予算数十億の有料道路設計業務を目の前にちらつかされていたからなんです。正式なゴーサインを今か今かと待ちながら従順に働いて来て、ちょうど無料区間の設計が峠を越えたところだった我々に、ORGは契約書のTermination for Convenience (いかなる都合によっても中途で契約破棄できる)条項を適用し、あっさりと三行半を叩きつけたのです。有料区間の仕事が無いと分かれば、50名以上いる現在のチームは、どう考えても所帯が大き過ぎます。
「これからどうなっちゃうんですかね。」
とフィルに聞くと、
「さっぱり分からんよ。今日明日中に解雇ということはないだろうが、お前さんもわしも尻に火がついたことだけは確かだな。」
と答えました。

続いてリンダが現れたので話しに行くと、
「訴訟に向けて行動開始よ。このままおめおめと引き下がれないわ。」
と鼻息を荒くしています。
「あちらの都合でいつでも契約破棄できるという条項がある以上、勝ち目はないんじゃないですか?」
と聞くと、
「手はあるわ。それにこういうのはタイミングが大事なの。すぐにクレーム文書を作るわよ。今日中に証拠書類をまとめあげて、明日の朝一番でクラウディオとマイクに上げましょう。」
休み明けだというのに、結局夜11時まで残業する羽目になりました。

翌週の月曜、新婚旅行から帰ってきたケヴィンにとっても、契約破棄のニュースは衝撃でした。彼は結婚を機にサンディエゴで家を買おうとしていたのです。あわてて購入計画を中止し、アパートの月借りを検討することにしました。
「なんて週だ。結婚して帰ってきたら、いきなり職の危機とはな。」

さらに、三人の契約社員が私の留守中にひっそりと解雇されていたことも聞かされ、気持ちが沈みました。ウォーキング仲間のカルヴァンもそのうちの一人でした。都市施設担当のニキータがやってきて、怒りをぶちまけました。
「カルヴァンの話を聞いた?彼、契約破棄事件の日はお休みだったからニュースを知らなかったの。次の日出社してコンピュータを使おうとしたらログイン出来ないのよ。で、何かソフトウェアのトラブルだろうと思って午前中ずっと格闘してたのね。まわりの皆も原因をつきとめようと頑張ったわ。で、一旦諦めて皆と一緒にランチに行ったの。オフィスに戻ってみたら、自分が朝一番でクビになってたことを、上の誰かから知らされたってわけ。こんなひどい仕打ちが許される?」
同じく契約社員であるニキータにとっては、他人事とは思えない話のようです。私も、マネジメント層の冷酷さに腹の底が冷える思いがしました。さっそくカルヴァンの携帯電話に電話してみました。彼はいつもと変わらぬのんびりした声で言いました。
「俺は大丈夫だよ。心配ご無用。次の仕事探しを始めるだけの話さ。」

水曜の午後、ケヴィンが私のキュービクルに来て言いました。
「聞いたか?マイクが今週金曜からまた召集らしいよ。今度は三ヶ月だって。」
「え?なんで?戦争は終わったのに?」
「今度は国土再建の仕事だってさ。」
どうやらイラクに行って建設関係の仕事をするようですが、当の本人も正式配属になるまでは、詳しい目的地も任務も分からないようです。
「彼がいるうちに、今後の身の振り方を相談しなきゃいけないな。さっそくマイクと話してくるよ。」
そう言って彼のオフィスに入って行ったケヴィンは、十分ほどして私のところへ戻って来ました。すっかり打ちのめされた様子です。
「なんてこった。最悪の場合、今月一杯でクビだってさ。」
「何だって?あと三週間しかないじゃない。」
「ああ、まったく参るよ。俺の仕事がほぼ終わりに近づいていることは分かってたけど、現実に最終日を宣告されるのはキツいよ。」
それから少し笑って、
「シンスケはまだ大丈夫だと思うよ。契約の仕事は当分続くだろうからね。それでも念のため、マイクと話しておいた方がいいとは思うけど。」

さっそくマイクのオフィスを訪ねました。
「次の仕事探しを始めるのはいつ頃がいいでしょうか?」
と恐る恐る切り出すと、返ってきたのは「そりゃ今すぐだ。」という答え。
「クラウディオも俺も、お前の仕事振りには満足してる。訴訟の行方次第じゃ、あと一年くらい今のポジションを維持できる可能性もないわけじゃないが、絶対あるという保証も出来ん。仕事探しを早めに開始したって、損にはならんだろ。」

その晩、妻と話し合いました。
「それで、どうするの?何かあてはあるの?」
「残念ながら、現時点では何も無いんだ。僕を採用したボス自身がいなくなっちゃうし、頼みの綱であるケヴィン自身が解雇寸前なんだよ。もうこうなったら、なりふり構わず就職活動を始めるしかないね。」

次の週、ボスのマイクはイラクへ向けて旅立ちました。私もケヴィンも、仕事を続けながら職探しを開始。アメリカで働き始めて9ヶ月。こんな事態を迎えることになるとは、予想もしていなかったのでした。