2017年11月18日土曜日

Validation Junkies バリデーション・ジャンキーズ

先週金曜の朝、上階で働く同僚リタが下りて来て、私の近くに座るベスと、声を押し殺してひとしきり話し込んでいました。リタが去って暫くすると、ベスが私の席まで来て封筒を手渡します。

「ジャックのフェアウェル・カードよ。一言書いてくれたら次の人に回すから。」

「え?どのジャック?」

まさかと思いましたが、日系アメリカ人の同僚ジャックがこの日で会社を去ると言うのです。二日前に彼とランチルームで世間話を交わした時は、そんなこと匂わせもしなかったのに。これはきっと我が社のお家芸、サプライズ・レイオフに違いないと思いつつ、既にギッシリと同僚達のメッセージで埋め尽くされたカードの裏に、ジャックに対するこれまでの感謝を綴りました。

一昨日、同僚リチャードに上階で会った際、経緯を聞いてみました。

「最近、マネジメント層が転職組にごっそり交代したでしょ。彼等が組織図を見直して、深く考えずに彼の解雇を決めたんだと思うよ。」

木曜の朝いきなり「明日中に会社を去れ」と通告され、さすがのジャックも落胆を隠せなかったそうです。長きに渡って非常勤扱いだったとは言え、その豊富な人脈を活かしサンディエゴ地域のプロジェクト獲得に多大な貢献をして来た人物。それをこうもあっさり切り捨てるなんてね、と二人で首を振り振り溜息をつきました。

「でもさ、なんだかんだ言っても88歳という超高齢で現役を続けていたこと自体が、奇跡と考えて然るべきなんだよね。」

と私が本音を漏らすと、リチャードも笑って同意し、

「近いうちにまたいつものメンバーで食事会を開いて、彼を招待しようぜ。」

と提案しました。

席に戻って暫くすると、リチャードが口にした “He was disappointed.” (彼はがっかりしてた)というフレーズが気になり始めました。通常の引退年齢を遥かに超えて活躍していたジャック。自分から辞職を言い出さない限り、こういう日を迎えることが不可避であるのは重々分かっていたはずです。そんな彼でもやっぱり、突如解雇通告を受ければショックなんだなあ。せめて、これまでの功績を称えるささやかなセレモニーでもやってあげたら良かったのに…。

さて昨日は、先頃マイルストーン達成を祝った環境系巨大プロジェクトのレビュー会議がありました。去年までPMを務めていたセシリアが出世に伴ってプロジェクト・ディレクターへ昇格し、サブに回っていた私がPMの座に戻ることになったこのプロジェクト。四半期ごとに、30分のレビューを受けるのがお決まりです。いつも通り資料を準備していたところ、水曜の午後になって財務部のジョンから、「今回のレビューにはたっぷり一時間かけたい」というリクエストが入り、さらには追加資料の要望まで。これにはセシリアが苛立ちを露わにし、

「二日後の会議のための資料を、どうして今になって増やして来るのよ!」

他にも多数プロジェクトを抱え、家では二児の母である彼女。常に分刻みで過密スケジュールをこなしています。この気まぐれな要求変更に対する憎悪の激しさは、そばにいるこっちが委縮してしまうほどでした。一方私は日本の超ブラックな労働環境に身を置いた経験からか、こういう事態にはすっかり免疫が出来ていて、「ハイハイ大丈夫ですよ、喜んで!」と笑顔アンド揉み手で取り掛かります。ひとしきり悪態をついた後、腹を決めたセシリアは深夜と早朝に自宅で作業。私の成果品と合わせ、全資料が会議の二時間前に整います。そして参加予定者全員に、一斉送信。

レビュー本番、会議室にセシリア、そして大ボスのテリーと三人座ってスピーカーホンのスイッチオン。資料を壁の液晶画面に映し出します。環境部門ナンバー2のジェームス、会計部門のジョスリンが続けて電話会議空間に現れ、少し遅れて財務部のジョンが登場。セシリアとの苛烈な舌戦を予期し、ごくりと唾を呑み込む私。

「会議を始める前にまず言っておきたいんだが。」

と、ジョンが口火を切ります。

「今回のマイルストーン達成を成し遂げたプロジェクトチームに対して、その労を労いたい。おめでとう。」

するとジェームスも、

「本当にこれは快挙だよ。有難う。特にセシリアとシンスケは、本当によくやってくれた。」

と同調します。おいおい何なんだこれ?サプライズ・パーティーか?大ボスのテリーも、

「うちのチームはエース級揃いだもの!セシリアのリーダーシップは抜群だし、シンスケの完璧なプロジェクト・コントロールがあったからこその成果よ。」

とべた褒め。セシリアも思わず相好を崩し、

「有難う。素晴らしいチームで働けてラッキーだと思ってるわ。財務部やマネジメントからのサポートも重要なファクターだった。」

と謙遜します。そんな感じでスタートしたせいか、その後はずっと建設的な討論が続きます。

「オポチュニティ・レジスターにこの項目も加えたらどうだろう?」

「それは良いアイディアだわ!さっそく追加して更新ファイルを送るわね。」

「三か月後のレビュー会議でこのリスク・アイテムを見直して、状況が改善していればその際にこのコンティンジェンシーのリリースを検討しよう。」

「それじゃあこの項目をマークしておきましょう。」

お互いにリスペクトを表明しながら話をすると、会議ってこんなにもポジティブになるんだなあ。電話を切った後も、なんだかフワフワしていた私。大ボスのテリーが、

「随分と予想外の展開になったわね。」

と総括。会議参加者が揃ってちょっぴりハイになっていたことを、三人で確認し合います。そもそも、人の神経を逆撫ですることで有名なあのジョンが、冒頭で真っ先に褒め言葉を述べたからこうなったんだよね。と私。でもこういの、案外悪くないわね、とセシリアが微笑んだ後、テリーが笑ってこう締め括りました。

“We all are validation junkies.”
「誰でもみんな、バリデーション・ジャンキーなのよ。」

ん?なんだそのフレーズ?何となくの意味は分かったけど、後で席に戻ってあらためて調べてみました。

Validation(バリデーション)というのは、「有効性や妥当性の確認」、Junkie(ジャンキー)は「(麻薬の)常習者」なので、テリーの発言を意訳するとこんな感じでしょうか。

“We all are validation junkies.”
「誰でもみんな、褒められたい病なのよ。」

昨今目にするマネジメントやリーダーシップ系の文献には、「褒めて伸ばす」タイプの論調がはびこっています。ジョンもジェームスも、最近その手の研修を受けて来たばかりなのかもしれない、と勘繰る私。グループで口ぐちに相手を褒め合う時間を経験してみて分かったことですが、これが意外と居心地悪いのです。日本にいた頃、親や上司から褒められた記憶がほとんど無い私は、「褒め言葉シャワー」の圧にうまく対応出来ないみたい。これって最近のアメリカ全体の流行りなのかもしれないな、と思うのは、うちの息子も時々、「全然褒めてくれないよね」と不平を漏らすから。ふざけんな、褒められるほどのことが出来てるとでも思ってんのか!とどやすのはダメで、良いところを見つけて伸ばしてやるのがグッド。きっとそういう教育が当たり前になっているのですね。う~む。でもどうなんだろ?僕にはやっぱり、何だかちょっとキモチワルイ…。なかなか認めてもらえない境遇に奮起して成長を遂げる、という方がしっくり来るんだよなあ。

その晩の夕食後、今や日課になっているギターの練習に取り掛かります。ふと思い立ち、妻が昔から大ファンであるブライアン・アダムズの曲を弾いてみることにしました。Heaven とかEverything I doとかに挑んでたちまち挫折した後、名曲Summer of 69の印象的なイントロを練習。左手の指の動きがスムーズにいかず、30分ほど四苦八苦した後、何とか聞ける程度にまで仕上げます。携帯画面で検索した歌詞をあらためて読んでみて、最初の数小節がなかなかグッと来ることに気付きました。こいつはしっかり練習して、歌もギターも絶対モノにするぞ、と心に決めてピックをつまむ指先に力が入ります。

I got my first real six string
初めてのリアルな六弦(ギター)

Bought it at the Five and Dime
ファイブアンドダイムで買ったんだ

Played it till my fingers bled
指から血が出るまで弾いたのさ

う~ん、いいねえこれ。今の自分にもちょっとだけ重なるし…。しどろもどろながら歌詞をなぞって唸り始めた私を制し、妻がこう言いました。

「あ、歌はいいから。ギターだけ練習してくれる?」

大好きなブライアンのボーカルが頭の中に流れてるので、余計な声を出さないでくれ、とのこと。

うん、そうだよね。そう来るよね。…そう来なくっちゃ!


2017年11月11日土曜日

Take the fortune by the forelock 幸運の前髪をつかめ

先週土曜の五時半、日もすっかり暮れた後、夫婦でラホヤへ向かいました。立体駐車場の一階に車を停めて長い階段を上り切ると、ハイアットリージェンシーの高層ホテルが見下ろすレストラン群が目の前にさっと開けます。ライトアップされた椰子の木々に囲まれた半円形の車寄せには、滑らかな車体がキラキラと光を反射するベンツやテスラが引っ切り無しに停まり、バレーパーキングのボーイ達がしなやかに動き回って搬送係をこなしています。大きく胸元の開いた黒いイブニングドレスに身を包んだ細身の白人女性や、身体にピッタリした仕立ての良いジャケットを着た銀髪の紳士などが次々に降りて来る。

我々が向かったのは、Truluck’s(トゥルーラック)というシーフード&ステーキ・レストラン。オープンテラスの立食エリアでカクテルグラスを手に談笑するグループの中には、見慣れた顔がちらほら。そう、これはプロジェクトの重要なマイルストーン達成を祝うパーティーだったのです。チームメンバーに加え、クライアントや協力会社の面々が、奥さんや旦那さんを連れて参加。食前酒とアペタイザーが行き渡った頃、テーブルの用意が出来たので中へどうぞ、とウェイトレスに誘われます。

案内された個室には、六人掛けの丸テーブルが5つ。我々夫婦は、大ボスのテリー夫妻、女優並の完璧メークを施した部下のシャノン及びそのご主人フランクと、輪になって着席。壁には大型液晶モニターが二枚設置されていて、スライド・ショーが始まっています。広大な丘陵地の遥かかなたまで延々と続く高圧鉄塔群、その足元に拡がる茶色い荒地、そしてそこにじわじわと緑の植物が茂って行く様子がYear 1, Year 2とタイトル付きで次々に映し出されます。このプロジェクトは、何十キロにも及ぶ大規模送電線工事で破壊された生物環境を六年半で復元する、という壮大な試み。様々な困難を乗り越え、時には想定外の雨にも恵まれ、本年9月に見事目標達成!このパーティーは、その成功を祝うものだったのです。

乾杯の音頭をとったのは、いつもより唇の紅が目立つセシリア。出席メンバーひとりひとりの名を挙げてその労をねぎらいます。六年半前、協力会社のピートが「一緒にチームを組んでプロポーザルに取り組まないか」と電話をくれた時は、第二子の産休明けホヤホヤだった。詳細を聞かぬまま飛びついたけど、あれが全ての始まりだった。プロジェクト獲得後は、理解のあるクライアントや優秀なスタッフ達とゴールに向かってまっしぐらに突き進んだ。「これはチーム全員の力で成し遂げた成功よ!」すると大ボスのテリーが立ち上がって、

「そもそも彼女の強力なリーダーシップが無かったら、この日は来なかったわ。」

とセシリアの肩を笑顔で抱きしめます。目を潤ませて喉を詰まらせるセシリア。大きな拍手の後、食事が始まります。シーバスやサーモン、リブアイステーキなどのメインディッシュが運ばれた頃、テリーが我々夫婦の方を向いて回想を始めます。

「さあプロジェクトをゲットしたぞ、という段になって、ところで誰がPMになるの?って顔を見合わせたのよ。これほどの規模のプロジェクトを経験したことのあるPMは一人もいなかったから。しかも丁度、新しいPMツールを使用せよっていうお達しが上から届いて、皆で途方に暮れてたわ。そんな時、新ツールのトレーニングに現れたのがシンスケだったのね。セシリアと二人で、”We should get that guy!” (あの人を引っ張り込もう!)って意見が一致して、私が上層部に電話をかけまくったの。」

全くの部外者だった私がこのプロジェクトのPMを務めることになったきっかけが、これだったのですね。6年半の時を経て、点と点が繋がりました。人の縁というのは、本当に不思議なもの。あの時ピートの電話を受けたセシリアが話に飛びつかなかったら、いや私のトレーニングのタイミングがちょっとずれていたら、あるいは責任の大きさに怖気づいて辞退していたら、僕は今この席に座っていなかったんだなあ、と感慨ひとしおでした。

パーティー終盤、別のテーブルにいた若い同僚エリックに妻を紹介しました。大学で昆虫学を専攻し、今ではこのプロジェクトの中心メンバーになっている彼。伸びた金髪を後ろで束ね、短いポニーテールにしています。うちの息子が最近彼のお世話になっていたので、夫婦で挨拶に立った、というわけ。

息子の通う高校の三年生は全員、一月に一ヶ月間現場実習(もちろん無給)を経験することになっています。勤務先を自分で見つけて来なければ学校側が勝手にあてがうという段取り。環境系の仕事に興味を持ち始めている息子が私に職探しの協力を求めて来たため、エリックに心当たりを尋ねたところ、Natural History Museum (自然歴史博物館)を紹介してくれたのです。彼自身が数年前までそこで働いていたため、今でも何人かの職員と繋がりがあるのだとか。

「今度の火曜日に採用面接があるんだ。博物館がどんなところで何の仕事をするのか聞きたがってるから、息子と話してくれるかな?」

「もちろん。明日の午後だったら大丈夫だよ。」

と快諾のエリック。

翌日の夕刻、再三のリマインダーをよそに、いつまで経ってもエリックに電話をかけようとしない息子に苛立った私は、とうとうキツく詰りました。

「おい、午後と言ったら普通は暗くなる前だぞ。折角与えてもらった機会をどぶに捨てるような真似だけはやめろよ。」

これにようやく重い腰を上げた渋面の息子は自分の部屋に籠り、ドアを閉めます。十分ほどしてからニコニコ顔で出て来て、

「沢山話をしてもらった。すごく面白そうな仕事だよ。紹介してくれて有難う!」

と興奮を滲ませます。何でも先延ばしにする傾向がある彼は、こうして執拗にプッシュしてやらないとなかなか行動に移らないのですね。この性格は絶対ヤバいぞ、直ちに方向修正してやらなければ、と危機感を抱いた私は月曜の朝、彼を学校へ送る車中、

「チャンスには前髪しか無いっていう話、前にしたよね。すれ違いざまに掴もうとしたら、後頭部はツルツルだって。」

と説教を始めました。

「問題は、そいつの外見が大抵の場合、それほど魅力的じゃないってことなんだ。だからつい見過ごしてしまいがちなんだよ。常に目を光らせ、見た目がどうあれ、これはチャンスかも、と思ったら素早くそいつの前髪を掴む癖をつけた方がいい。」

オフィスに到着し、向かいの席のシャノンに「チャンスの前髪」の話題を振ったところ、そんなフレーズは聞いたことが無い、との返事。ちょうどシャノンとの打ち合わせに現れたポーラにも聞いてみたのですが、私も知らないわ、と首を振ります。ええ?これって一般に流通してないフレーズなのかな?さっそくネットで調べてみたところ、どうやら私の誤解だったようで、前髪を垂らしてるのはチャンスでは無く、fortune(幸運、運命の女神)とかtime (時間、タイミング)なのだそうです。

Take the fortune by the forelock
「幸運の前髪を掴め」

Take time by the forelock
「時間の前髪をつかめ(タイミングを逃すな)」

しかしこうしてきちんと調べがついた後でも、「初耳だわ」と首を傾げるシャノンとポーラ。英和辞典には出てるのにアメリカでは知名度ゼロのフレーズを見つけちゃったぞ…。そもそもForelock (前髪)いう単語ですら、日常会話に登場した試しが無いしなあ。

「でも、意味はすんなり入って来るわね。実感として分かるもの。」

とシャノン。

「でしょ!一昨日のパーティーで思ったんだけど、あのプロジェクトのPMを任されたことで、その後の人生が大きく変わったんだ。その時は結構迷ったんだけど、引き受けて本当に良かったなあってね。」

レストランの名前Truluck’s(トゥルーラック)が「True Luck(本当の幸運)」にも聞こえることに気付いて更に感慨が増したこと、腰が異常に重い息子にこのフレーズを教えてやったこと、などを話していた時、ホノルル支社上下水道部門長のレイからメールが入りました。

「クライアントから、急ぎでCPMスケジューリングをやって欲しいって頼まれてるの。時間作れるかしら?」

彼女のメールをスクロールして行くと、支社内の複数の社員たちに打診して来た様子が窺えます。誰からも色よい返事がもらえず、とうとう本土の私に話を振って来た、というところでしょう。

「もちろん、喜んで力になるよ。」

と素早く返信。するとさっそく電話会議がセットされ、チーフエンジニアのアンも含めて内容を掘り下げました。クライアントの組織改変後、所掌範囲の交通整理が甘かったと見えて、最終処理場の移設計画が頓挫している。このまま手をこまねいていれば、進行中のプロジェクトの終結も先延ばしになってしまう。大至急移設作業をスタートしたいけど、エリア内で進行する他の工事との兼ね合いを鑑みると、そう簡単には動けない。詳細なスケジュールを作成してクリティカルパスの見極めを行う必要が生じて来た。ついてはプロに頼めないか、という依頼だったのです。

「手を挙げてくれたのはあなた一人なのよ。本当に有難う!」

と何度も感謝の意を述べるレイ。

「いやとんでもない。こういうチャレンジを突きつけられると燃えるタイプなんだよ。ところで話を聞いた限りでは、クライアント側にも全ての事情が分かっている人がいない可能性が高いよね。こういうケースでは担当者を回って、一人一人から細かい情報を引き出す作業が必要になると思うんだ。」

「なるほど。言われてみれば確かにそうね。」

とレイ。

「電話で済むかもしれないけど、実際に会いに行った方が遥かに効率的な作業が出来ると思うんだ。出張した方が良ければそう言ってね。ま、予算があればの話だけど。」

「分かったわ。検討させてね。近日中にクライアントと予算折衝するから。」

おいおい、ハワイ出張のチャンスが転がり込んで来たみたいだぞ…。

電話を切りつつ、思わず独り言を呟いていた私でした。

「ほ~らね。」


2017年10月29日日曜日

Irons in the fire 成形前の鋼

新人社員テイラーと話していた時、もっとトレーニングをして欲しいと彼女にせがまれたことがきっかけで、毎週金曜朝8時にPMP試験対策講座を開く企画をチームに提案しました。アンドリューもカンチーも、是非参加させて欲しいと猛烈アピール。金曜定休シフトを敷いていたシャノンまで、

「それなら私も金曜出勤するわ。」

とやる気を見せます。部下たちの熱い思いに感動した私は、よし、君達全員に絶対PMPを取得させるぞ!と高い目標を掲げ、一カ月前から集中講義をスタートしたのでした。

「資格はもちろん大事だけど、この受験対策を通して学んだことがきっと大きな自信に繋がる。いつ何があっても、余裕をもって自分を売り込めるようになって欲しいんだ。」

初回講義の後、そんな話をしたところ、

「どういうことですか?何か大変なことが起きそうなんですか?」

不吉な予言と捉えたのか、ハラハラした目で私を見つめるカンチー。

「いや、ただ単に、一寸先は闇だって言いたかったんだよ。今のところうまく回っているからって油断しちゃいけない。経営陣は容赦ないからね。彼らに慈悲を期待するのは間違ってる。みんなビジネスマンとして日々冷徹に経営判断をしていて、その結果、個々の社員に不都合な決断が下されることだってある。結局のところ、自分を護れるのは自分だけなんだ。あらゆる機会をとらえて学び続けて欲しい。たとえ僕が明日突然クビになったとしても、顔色ひとつ変えず仕事を続けられるくらい強くなって欲しいんだ。」

締め括りのメッセージが冗談なのか本気なのかを測り切れず当惑しつつも、力強く頷く若者たち。ビビらせて面白がっている部分もゼロではないのですが、将来ある彼等にコンサルティング・ファームで働くプロとしての心構えを伝えておきたい、というのが私の真意でした。特に何か差し迫った不安材料があっての発言ではなかったのです、本当に。

明けて先週木曜の朝9時半、携帯がブルブルと震え、見ると元ボスのエドから着信です。彼からこんな風に連絡が来るなんて珍しいな、と機嫌よく電話に出たところ、

「明日の朝、マリアが解雇されることになった。」

と、単刀直入に臨時ニュースを切り出します。あまりの衝撃に、言葉を失う私でした。

「進行中のプロジェクトで求人中のものがないか、至急探してくれないか?手遅れになる前に、彼女の異動先を見つけたいんだ。」

「ちょっと待って下さい。一体なぜ解雇なんですか?」

「我々がオーバーヘッド(間接部門)だからさ。」

利益を生み出すオペレーション部隊を縁の下で支える間接部門は、クライアントからの支払いが得られません。つまり、発生するのはコストのみ。これをカットすれば、少なくとも短期的には収支が良くなる。企業にとっては非常に手っ取り早い「業績改善」の手口なのですね。経営判断と言ってしまえばそれまでなのですが、これがごく親しい人の身に降りかかるとなると、そう冷静でもいられません。しかも、マリアのポジションは13年前まで私が担当していたのです。

「分かりました。いくつか思い当たる大規模プロジェクトがあるので、当たってみます。」

と電話を切り、混乱した頭のまま立ち上がる私。あらためて時計に目をやり、これから24時間以内に何とかしてマリアを救わなければならないぞ、と自分に言い聞かせます。

まず大ボスのテリーの元へ駆けつけて事情を話したところ、うちの部門には受け入れ先が無いとの返事。すぐに別の階へ行き、建築部門のPMブレントをつかまえ、進行中のプロジェクトに空きポストが無いか尋ねます。

「今すぐは無いな。一月末にでっかいのが一件始まる予定なんだけどね。」

「いや、明日の朝までに決めないと駄目なんだ。大事な仲間がひとり、瀬戸際に立たされてるんだよ。」

「よし分かった。あちこち聞いてみる。」

その後複数のPMにメールを送ったのですが、結局誰からも吉報がもたらされぬまま夜を迎えました。そして段々私は、こんな風に考えるようになっていました。

「これは運命だと言えないこともないんじゃないのか?マリアは今の仕事が全然楽しくないって言ってたよな。だったらもうここはすっぱり気持ちを切り替えて、新たな人生を切り拓いた方が彼女のためかもしれない。こっちが勝手に動いて延命策を取ることで、かえって明るい未来の扉を閉ざしてしまうかもしれないじゃないか。あの性格なら、きっと彼女が心から楽しめる仕事が見つかるさ…。いや待てよ、そうは言っても彼女は僕と同い年。転職先が簡単に見つかる年齢でもないか…。」

そんな煩悶の一夜が明け、気が付くとエドから携帯にメールが入っていました。

「一応危機は脱した。とりあえずの落ち着き先は見つかったけど、引き続きポジション探しを続けてくれないか?」

ホッと一息ついた私は、PMP試験対策講座の教鞭を執りにオフィスへ向かったのでした。

今週水曜日の午後、仕事中に当のマリアからテキストが入ります。

「今話せる?」

間もなく現れた彼女と目配せし、小会議室へ向かいます。

「話、聞いてるでしょ。」

二人向き合って腰を下ろした途端、彼女が切り出します。

「うん、詳しい背景は知らないんだけどね。」

「先週後半は、人生で一番忙しい三日間だったわ。」

エドから話を聞いたのが水曜日で、それから金曜の朝まで彼が八方手を尽くし、彼女も駆けずり回った結果、ようやく避難先が見つかったのだと。でもこの先一カ月くらいの間に最終的な異動先をゲットしなきゃいけない…。

「どうして君が標的になったのか、何か心当たりはあるの?」

と思い切って尋ねる私。すると、彼女の顔に小さな驚きの表情が現れます。

「え?知らなかったの?これは私だけの話じゃないのよ。」

次に彼女の口から飛び出たセリフに、顎が外れそうになりました。

“They are dismantling our entire department.”
「うちの部署、丸ごと全部潰されるのよ。」

エドもエリカも、そして彼等全員のボスである東海岸のクリスも、全員解雇宣告を受けたのだというマリア。別の部門の下部組織という形で新部署が作られ、そこに今までの職務を大幅に縮小して移した上で担当者を総とっかえするという話が進んでいる。先週は、解雇リストに載った社員たちが大慌てで社内異動先を探していた。エドもエリカも早々に行き先を確保出来たのに、自分の引き取り手だけが最後まで見つからなかった…。

「なんてこった。これまでやって来た仕事の価値を全否定されるようなもんじゃないか。それで、クリスはどうするの?」

「知らないわ。それが今回、一番腑に落ちないことなのよ。彼、グループ会議も開かないでただ沈黙してるの。」

「ショックから立ち直れないのかもね。」

「それは分かるけど、これまで随分長いこと苦楽を共にして来た仲間じゃない。なんとなくバラバラになって終わりなんて嫌でしょ。きちんと解散式をやって綺麗に締め括りたいわよ。」

それからひとしきり、今回の決定についての首を傾げたくなるような裏話の数々を聞きました。

「ところで、ちょっといいかな。マリアはなんでこの会社に残りたいの?今の仕事、好きじゃないってあれほど言ってたじゃない。」

ようやく気持ちを落ち着かせてから、彼女に尋ねてみる私。

「どうして社外に転職先を見つけないのかって聞いてるの?」

「うん。だってこの会社に特別愛着があるわけじゃないでしょ。第一、こんなひどい目に合わされてるんだし。」

すると即座に彼女が放ったのが、この一言。

“I don’t have irons in the fire.”

直訳すると、こうですね。

「火の中の鉄を持っていないのよ。」

製鐵過程で炉に入れられ、高熱でオレンジ色に輝いた鉄のことを指しているのだろうな、とは想像が出来ました。

“I don’t have irons in the fire.”
「成形前の鋼を持ってないのよ。」

でも、どういう意味なんだろう?こんな深刻な会話のさ中にイディオム談義をぶち込むことはさすがに憚られたので、後で調べてみることにしました。

「エドとエリカは古くからのコネクションがあるし、技術もあるからさっさと行き先が決まったわ。クリスのところで働いてるカレンも技術畑出身でPMP持ってるから、安心よ。私には、そういう武器が何も無いじゃない。もっと前から、真剣に職探しを始めておくんだったわ…。」

引き続き彼女のポジション探しを手伝う約束をし、ミーティングを終えました。席に戻って、さっき彼女の使ったフレーズの意味を調べてみました。Irons in the fire(成形前の鋼)とは、この後圧延などの処理を施せば最終製品になる段階の鉄のことを指していて、マリアの場合は「働き口になる可能性のあるポジション」ですね。

“I don’t have irons in the fire.”
「仕事のあてが何もないのよ。」

要するに、まさかのための備えが無い、ということです。外部の人脈、特殊技能、資格、それに具体的な転職の勧誘などが無ければ、簡単には外へ飛び出せない…。

翌日、ランチルームで部下のカンチーと隣り合わせになりました。弁当を広げながら、PMP試験対策講座がすごくためになっている、と嬉しそうに話す彼女。真っ直ぐにその目を見つめ、こう答える私でした。

「学び続けよう。それこそが、生き残るための武器なんだ。」


2017年10月22日日曜日

X Factor エックス・ファクター

今月から新年度です。火曜の朝一番、部下のカンチーと昨年度の業績を振り返るための面接がありました。締め括りに、この一年間の貢献に対する感謝を述べ、上司の僕に求めることはないかと尋ねました。すると、プロジェクト・コントロール部門の一員としてもっと活躍出来るようになるための、次のステップを教えて欲しい、と真剣な眼差しを向ける彼女。こんな風に人から真っ直ぐな情熱をアピールされると、ついついふざけて茶化したくなる私ですが、ここはさすがにぐっと堪えました。

「次のステップは、スケジューリングだ。これをマスターすれば、仕事の幅はぐんと拡がる。本来なら業務時間内にトレーニングするべきところなんだが、Utilization(稼働率)のプレッシャーがきついだろ。業務時間外でも構わなければ教えるよ。」

「お願いします。勉強したいです!」

彼女との面接終了後、社長の年頭スピーチが世界同時生放送されるというので、ランチルームに二人で移動。支社の他の社員たちと一緒に大型画面を見つめ、耳を傾けました。昨年度の業績説明、社員への感謝、などというお決まりのくだりをつつがなく終え、今年度の戦略へと進みます。そこで彼が何度も繰り返したのが、このキメ台詞。

“Collaboration is our X factor.”
「コラボレーションが我々のエックス・ファクターだ。」

世界中で活躍する才能豊かな社員たちが部門を飛び越えて力を合わせ、素晴らしいイノベーション(革新)を産み出す。これこそが会社の発展を推進する原動力になるのだ、と熱を込めて語りかける社長。

えっくす・ふぁくたー?

それって方程式y=ax+bで使われるエックスのことかな。素直に考えれば「変数」とか「因子」って意味になるけど、「コレボレーションは変数だ」では、社長のあの熱が説明つきません。後で複数の人に質問してみたところ、どうやらエックス・ファクターというのは、「結果に大きなインパクトを与えるかもしれない因子」という意味で使われる言葉のようです。社長が言いたかったのは、こういうことですね。

“Collaboration is our X factor.”
「コレボレーションは、どエライ可能性を秘めた成功への鍵なんだ。」

さて金曜の昼。同僚ディックとラーメン屋「Underebelly(アンダーベリー)」へ向かう道々、この話題を持ち出しました。社長のスピーチは聞き逃したという彼は、

「その手のフレーズを満載したジョーク・サイトがあるの知ってる?」

と皮肉っぽく笑います。耳触りが良い割りにすんなり頭に入って来ないBusiness Jargon(ビジネス用語)を連発されると、真面目に話を聞く気が萎える、というディック。

「言いたいことは分かるし大歓迎だけど、じゃあそれを推進するための態勢をどう整えるか、みたいな具体的な話は当然出なかっただろ?」

言われてみれば、どうすればコラボレーション(協働)が実現出来るのかを考え始めると、自然に首を傾げてしまいます。週40時間、無駄口を叩かずクライアントに請求書を送りつけられる仕事のみに力を注げ、という大きな圧力がかかる中、どうにかよその支社で働く別部門の社員とお知り合いになってコラボしてごらんよ、とおっしゃられてもねえ…。

「そういえばさ、今こんなことに巻き込まれてるんだ。」

アンダーベリーの二階席に腰を据えてから、ディックに近況報告を始める私。

二ヶ月前、建設管理部門のキャロリンという社員から電話がかかって来ました。

「あなたと話すようキースに言われたの。だから電話してるんだけど…。」

上下水道部門の大物PMキースが担当する巨大プロジェクトをサポートしている私に、自分のちっちゃいプロジェクトもヘルプして欲しいというのです。お安い御用、と快諾したものの、その時は依頼内容を深く理解していませんでした。それが今週になってそのキャロリンから、

「クライアントへの最初のインボイス(請求書)を作るの、お願い出来る?」

と具体的なリクエスト・メールが届いたのです。早速中身を調べ始めて、愕然とします。キャロリンは、キースのプロジェクトに寄生する格好で契約変更承認をクライアントから取り付け、独立したプロジェクトとして立ち上げてしまっていたのです。一つの契約書に二つのプロジェクト。当然、請求書も二種類作成しなければなりません。え?これ大丈夫なの?クライアントとは話ついてんの?疑問に思ってキースに質問メールを送ったところ、こんな返信が届きました。キャロリンの名前もccに入れて。

「俺はかなりムカついてる。なんでこんな事態になったんだ?キャロリンには、君と充分調整して進めるよう言ってあったんだ。請求書の準備にいささかなりとも不都合が生じるなら、彼女のプロジェクトを潰してもらっても構わん。君には全幅の信頼をおいている。君がベストだと信じる方法で解決してくれ。」

すると数分後、返す刀でキャロリンが長文メールを返して来ました。ccには建設管理部門の上層部を含めた複数社員の名前が連ねられています。

「この仕事はうちの部門の独立プロジェクトとして立ち上げることで、ご了承頂いていたはずですよ。どうして誤解が生じたのかは分かりかねますが…。」

おいおい、部門間戦争がおっぱじまっちまったじゃないか。こんな場合、どちらの加勢をしても状況改善は見込めそうもないので、とりあえず静観することにしました。

「建設管理部門としては、自分たちが勝ち取った仕事を上下水道部門の手柄にしたくないというのは分かるんだよね。」

と、ラーメンをすすりつつディックに解説する私。

「でもクライアントから見ればひとつの会社と結んだ契約なんだから、毎月請求書が二種類届いたら面喰うよな。」

と、ディックも同意します。

ランチを終えて職場に戻ると、キャロリンから新しいメールが入っていました。

「キース、クライアントから私のプロジェクトへの追加予算承認が下りたわ。念のためお知らせしますね。」

まるで、これまでの緊張関係など気にかけるに値しないとでも言わんばかりの強気な態度です。これに対してキースがいつまでも無反応なので、さすがにプレッシャーがかかった私は、

「クライアント側から見れば一件のプロジェクトに対して、うちが二種類の請求書を送ることになりますけど、問題は無いのですね?」

と敢えてニュートラルな質問メールを返しました。建設管理チームの若手社員シェルビーが、すかさず反応。

「我々は全く問題無いと考えてますが。」

すると暫くしてようやくキースが、

「俺は賛成出来んぞ。向こうは二種類の請求書なんて受け取るわけがないだろう。」

それからまたパタリと交信が途絶えました。おいおい、僕にどうしろって言うんだよ。この場合、双方がよく話し合った上で、クライアントの意向を伺うべきだろう。いつまでもいがみ合っていたら僕がしゃしゃり出て、全てをスパッとおさめてくれるとでも思ってんのかな…?

ほどなくして、今度は財務部門のジョンからccメールが届きます。宛先は、建築部門のコワモテPMリチャード。

「例のプロジェクトが異例の高収益を上げたために、監査官の目に留まってね。いくつか質問が来てるんだ。リスク・レジスターとマイルストーン・スケジュールを送ってくれないか?」

ちょうどこのプロジェクトの正式終結手続きに取り掛かっていたところだった私。業績が良過ぎて不信感を抱かれる、そんな皮肉な話もあるんだな、と驚きつつもちょっと興奮していました。この件でエグゼクティブから直々に表彰されたリチャードは、誰が相手でも一切妥協しないことで有名な強心臓(財務部門とも数々のバトルを繰り広げて来ました)。だからこそ、極めて扱いが難しいと評判だったクライアント相手でも、大きな収益をあげられたのですね。そんな彼がジョンのこの要求にどんな反応をするのかな、と待っていたら、間もなくメールが届きました。

“John, the project is closed. Finished.”
「ジョン、プロジェクトは終結した。終わったんだよ。」

終了した仕事のために使う時間などこれっぽっちも無いぞ、という意思表明です。ありゃりゃ、ここでもまたドンパチが始まる予感…。

私のついた大きな溜息を、斜向かいの席でコンピュータに向かっていたカンチーに気付かれました。どうしたんですか?と尋ねるので、キースとキャロリンのバトルにまでさかのぼって全て話して聞かせました。

「そういうギスギスした話、ほんとに最近よく聞きますよね。うちのチームは楽しくやってるのに、一歩外へ出ると喧嘩ばかりでびっくりします。」

ここでふと、「エックス・ファクター」を思い出した私。

「コラボレーションがエックス・ファクターだって社長は言ってたけど、部門間に深刻な利害関係がある以上、事はそう簡単に進まないよ。」

そうですね、と頷いて暫く考え込むカンチー。

「ま、そういう緊迫した場面でも落ち着いて、誰も思いつかなかったような解決策を鮮やかに提示するというのも、我々プロジェクト・コントロール部門の仕事の醍醐味だとは思うんだよね。」

これを聞いて、急に目を輝かせるカンチー。

「で、財務部とリチャードとの件はどう解決するつもりなんですか?」

「もう解決したよ。」

と即答する私。え?もう?と興奮を滲ませる彼女に、満を持してエックス・ファクターを披露する私でした。

“I just turned on my out-of-office message.”
「不在通知をオンにしたのさ。」