2016年8月28日日曜日

Where’s the beef? ビーフはどこ?

「素晴らしいPMツールを作りました。これさえあれば、進捗管理や人員計画、それにアーンドバリュー管理が簡単に出来ます。木曜のランチタイムにウェブで使用説明をしますので、是非参加して下さい。」

こんなメールが火曜日、西海岸とハワイのPM達に向けて一斉に送られました。これは、去年この地域のプロジェクトコントロール部門トップに座ったリッチのチームによるもの。彼は次々に外部から優秀な人材を雇い入れ、各種PMツールの構築に注力して来ました。

プロジェクトコントロールという仕事には、二つの種類があります。一つは、クライアントの側に立って事業全体の管理を手伝う、というもの。これは空港建設などの大規模プロジェクトに要求されるサービス。スケジュールやコストの分析をしてクライアントに報告する仕事です。二つ目は、社内のPM達の仕事を助ける役割。PMの仕事の大半は、コミュニケーションと意思決定。意思決定のためにはデータの分析が不可欠ですが、ここに多くの時間を費やせば肝心の業務がおろそかになる。で、プロジェクトコントロールというサポートが求められるのです。

私のチームは、この後者の役割に集中して来ました。PMごと、プロジェクトごとにツールをカスタマイズし、二人三脚でプロジェクト管理をする。まるでアスリートとトレーナーのような関係を築いて来たのです。ツールを渡して自分でデータ分析をしてもらおうと試みたこともありますが、その度に失敗して来ました。多忙なPMには、ツールの使い方を学ぶ時間さえ無いのが現状なのです。ではこのトレーナー役の人材を増やせばいいじゃないか、と思われがちですが、会社としてはコストが心配。結局のところ、PMが一人で何でも完璧にこなしてくれるのが一番安いわけですから、プロジェクトコントロールの大幅増員には二の足を踏まざるを得ないのです。それじゃあ最適なバランスはどこなのか?これはなかなかの難題です。

水曜日、オレンジ支社へ出張した際、ロングビーチ支社のウィルとランチルームでバッタリ会いました。挨拶もそこそこにリッチ達のPMツール宣伝活動の話題になりました。そもそもの趣旨に一応の賛意を示した後、彼がこう言いました。

“So, where’s the beef?”
「で、ビーフはどこ?」

これは、かつてハンバーガー・チェーンのウェンディが出した人気TVコマーシャルで使われたセリフ。バーガーの中身(大きなバンズの真ん中にミニサイズの肉がちょこんと載せられている)を覗き込んだおばあちゃんたちが、顔を見合わせて怪訝そうに発するセリフがこれなのです。ハンバーガーの主役であるはずのビーフをケチる他社に対し、ウェンディの製品は特大サイズを使ってますよ、という主張。

このCMが元となり、色々飾り立ててはいるが肝心の中身が貧弱な企画や提案を批判する際に使われるようになった表現が、「ビーフはどこ?」なのですね。ウィルが言いたかったのは、こういうことでしょう。

「すごいPMツールを作ったから使ってみろ、と言われてもねえ。PM達が本当に必要としているのは、データを分析した上で問題点の洗い出しとその改善策の提案をしてくれる人的サポートなのに。」

私が訳すとすれば、こんな日本語。

“So, where’s the beef?”
「能書きは分かったよ。で、結局何してくれるの?」

「残念だよね。PM達を苦境から救おうという意図でやってることは確かなんだけど。」

と溜息をつく私に、ニコニコ笑いながらウィルがこう言いました。

“I’d say, thank you for being sorry about us.”
「言わせてもらえば、同情してくれて有難う、だね。」

気遣いは見せても本気で手を差し伸べてくれてはいないじゃないか、同情するなら人寄越せ!という指摘。綺麗にキマッた痛烈な皮肉に彼と二人で大笑いした後、問題の根深さに暫し考え込む私でした。


2016年8月21日日曜日

She’s a unicorn 彼女はユニコーン

北米全域でプロジェクトコントロール部門を立ち上げようと日々奮闘する副社長のパットと、月一回のペースで電話し、情報交換をしています。ただでさえ忙しい彼女が、組織的には直接繋がりの無い私のためにそこまで時間を割く義理は全く無いのですが、

「誰であろうとこの活動に興味を示してくれる人の熱意には応えたいし、あなたと話すことでこちらも得るものがあるのよ。」

と言ってくれています。具体的に何を得られるのか説明は頂いてませんが、これがおべんちゃらでなければきっと、現場で何が起きているかを私を通して知ることが出来る、と言いたかったのでしょう。

我が社は北米を九つの地域に区分しているのですが、このうちの一地域で今、着々とプロジェクトコントロール・グループが形成されつつある、という話をしてくれるパット。そのトップに採用した女性のことを、彼女がこう言いました。

“She’s a unicorn.”
「彼女はユニコーンよ。」

え?ユニコーン?あの奥田民生率いる?じゃなくて、額から角が生えてる馬のこと?羽も生えてたっけ…?

頭の中を異形の馬がバタバタと駆け回り、その後の会話がなかなか入って来ません。電話を切った後、さっそくネットで検索。真っ先にヒットしたのが、

「過去の実績は無いのに市場価値が1ビリオンドルを超えるスタートアップ企業。グーグルやフェイスブックがその例。」

え?そうなの?だとすると、その女性は外部から雇われたために実績は不明だけど、報酬が高いということか?う~ん、腑に落ちないぞ。大体そんな人、雇うか?

同僚ジェイソンと打合せした際、この質問をぶつけてみました。すると、

「現実には存在しない想像上の生き物、という意味だね。」

と、背景説明をあっさり丸ごと無視した解答をくれました。いやいや、そんな妖精みたいなもの、会社が採用するわけないでしょ。

「バイセクシュアルという意味もあるよ。」

と補足するジェイソン。採用した人が両性愛者だったっていうのか?う~ん、そんな爆弾情報、さらりと提供してくれるほどパットに信用されてるとは思えないし…。

数時間後、今度は若い同僚サラに同じ質問をしてみました。

「想像上の生き物で、誰も捕まえたことが無いでしょ。だから、得難い(hard to get)って意味に使われてる表現だと思うわよ。その人、きっと滅茶苦茶優秀なんじゃない?」

おお、それなら分かる!パットのセリフはきっと、こう訳せるでしょう。

“She’s a unicorn.”
「彼女は奇跡的な逸材なのよ。」


ここまで手放しの評価を貰える人に、なりたいものです。

2016年8月13日土曜日

Toned Body トーンされたボディ

金曜の午後は、ヘルスコーチとの電話がありました。これは、社員の健康のために会社が毎年無料で提供しているサービスです。月に一回程度、あてがわれたパーソナル・コーチと電話でヘルス・チェックをし、健康維持を図るのが目的。今回のコーチは、ジョイという女性。

「初回の今日は、私から色々質問しますね。まず、長期と短期の目標から伺います。」

半年後にどうなっていたいか、という質問に、ちょっと考えてからこう答えます。

「今年の初めにアパートから一戸建てへ引っ越してからというもの、全く運動しなくなったんです。以前はアパート内のジムに通ってたんですけどね。お蔭で体幹がすっかり弱っていて、先月は久しぶりに腰痛が復活したんです。これはやばいと思いつつ、なかなかエクササイズを日々のスケジュールに組み込めない。これは誰かにケツを叩いてもらわなきゃ、と思ってこのプログラムに応募したんです。」

「分かりました。それで、六ヶ月後にどうなっていたいんですか?」

あ、そうか。それを聞かれてたんだっけ。

「ま、体幹トレーニングで腰痛を抹殺すると同時にですね…。」

これだけじゃ病人みたいだな、と思ったので、こう付け加えます。

“I want to feel good about myself again.”
「自信を取り戻したいですね.

相槌を打ちながらも、納得していない様子のコーチ。

「なるほど。それは具体的にどういうことですか?どうすれば自信が取り戻せるのですか?」

「ほら、シャワー浴びる前とか、鏡の中の自分を見て嫌な気分になる、そういうのを止めたいんですよ。横っ腹の贅肉なんか見ても楽しくないじゃないですか。」

ここで、ようやく合点がいったと言わんばかりに声を強め、ジョイがこう応えます。

“OK, you want to be toned!”
「分かったわ。トーンされたいのね!」

ん?トーンされる?

「その通り!」

と調子を合わせたものの、いまいち意味が分かりません。

「後日、トレーニング内容を記した資料を送ります。二週間後の今日、途中経過を確認するために電話しますね。頑張って下さい。」

ううむ、何の途中経過を確認されるんだろう?

電話を切った後、急いでオンライン辞書をチェックしたところ、Toneは、「カラートーン(色調)」とか「声のトーン」とかで使われる「調子」という意味の名詞であるとともに、「固くする、強くする」という動詞でもあることを知りました。ジョイが言いたかったのは、こういうことですね。

“OK, you want to be toned!”
「分かったわ。引き締めたいのね!」

Toned Body(引き締まった肉体)を手に入れるため、まずはカレンダーにエクササイズの予定を書き込みました。二週間でどこまでトーン出来るか、楽しみです。


2016年8月7日日曜日

Bigotry ビガトリー

金曜の昼前、大ボスのテリーと打合せがありました。年次業績評価の時期ということもあり、プロジェクト・コントロール・チームの組織化についての話し合いです。正式にはシャノン、ティファニー、カンチー、と三人の女性が私の部下なのですが、他の支社の環境部門(テリーの傘下)にも緩く繋がっているメンバーが複数いて、これが全員女性。

テリーがこんな発言をしました。

“We can think about the other girls later.”
「他のガールズについては後で考えましょう。」

そしてすかさずフォロー。

“Oh, I sounded like Donald Trump.”
「あら、ドナルド・トランプみたいな物言いだったわね。」

この「ガールズ」という表現が不適切だった、という意味。一国の大統領になろうとしている人物とは思えないほど勝手気ままな言葉のチョイスで国民を動揺させているトランプ氏をネタにした、というわけ。クスクス笑いながら、「ウィメン(女性)」と言い直すテリー。

打合せの後、同僚ディックとNA Pizzaでランチ。テリーの発言を話題にしたところ、

Damn bitches(クソ女ども)って言ったのならともかく、そこまで気にするほどの表現じゃないと思うぜ、ガールズなんて。大体そういうのって、発言の主が普段どういう風に人と接しているかによって受け取られ方が変わるだろ。テリーがどんな過激な発言をしようが、みんな彼女の人柄をよく分かってるから、誰も悪意には取らないよ。」

とコメントするディック。

「最近よく思うんだけど、世の中が他人の発言にピリピリし過ぎてどんどん窮屈になっていないか?誰かが何かを言う度に、ゲイを侮辱している、黒人差別だ、女性を下に見ている、とかさ。企業や役所はトラブルを防ぐためにトレーニングを繰り返して、禁句のリストは長くなる一方だ。でもさ、そもそもそんなチェックリストを一生懸命作るより、もっと根本的な教育を充実させるべきなんじゃないかな。」

「というと?」

「ただ単純に、Be nice to people(人に親切にしましょう)っていう一言ですむ話じゃないか。世界中の人が子供たちにそれを徹底して教えれば、あらゆる摩擦がすっきり解決すると思うんだ。」

いつも人一倍理屈っぽい男がこんなにシンプルな発想をしたことが新鮮で、何だかちょっと嬉しくなりました。そんな彼の純粋さに水を差す気は無かったのですが、一応私も意見を述べます。

「でもさ、人間って基本的に弱いでしょ。誰かをけなすことで自分の優位性を確認していないと、辛くてやってられない部分もあるんじゃない?」

彼は深く頷いて、もちろんそれは分かってると言います。

「俺の中にだって、そういう意識はずっと消えずに残ってるよ。」

25歳までサウスダコタの田舎町で暮らしていたため、未だにカリフォルニアの暮らしに馴染んでいないというディック。

「あっちにいた時は、カリフォルニアの人間に対する偏見がすごかったんだ。金の亡者で、うわべだけ親切で、本当は田舎者を馬鹿にしてる鼻持ちならない俗物の集まりだってね。サウスダコタがどこにあるのかも知らないってだけで、お高くとまった連中だ、という結論になるんだな。」

冷静に考えれば、カリフォルニア住民に限らず、他州に関する知識の無い人なんてどこにでもいるはずです。我々だけが責められるべき理屈はない。

「アメリカ中央部はFlyover country(フライオーバー・カントリー)っていう単語で十把一絡げにされてるの、知ってるだろ。」

「いや、知らないな。」

「アメリカ西海岸と東海岸を往復する飛行機が上空を行き交うだけで、旅の目的地にはならない僻地ってことだよ。牛の糞がゴロゴロしてて、通行人がほとんどいなくって、みんな服のセンスは最低、ブサイクで頭も悪いってね。」

「へ~え、初耳だなあ。」

「かなり長いことカリフォルニアに住んでるけど、今でも誰かがその手の発言をする度に、ぴくっと反応しちゃうんだよ。バカにしてんのかこの野郎ってね。」

子供の頃から沁みついた過剰な劣等感というのは、そう簡単に払拭できるものじゃないのですね。

「実家に里帰りした時とかって、皆ディックのことをどう扱うの?カリフォルニアに魂を売った裏切り者って呼ばれてたりして?」

「そういう奴は実際、ウンザリするほどいるよ。二年前のクリスマスに帰った時は近所の連中が大勢集まってくれたんだけど、輪になって畑仕事の話題で盛り上がってる男たちのそばに腰かけたら、あからさまに背を向けて俺をのけ者にしたおっさんがいてね。あれには驚いたしムカッと来たよ。こっちだって実家を離れるまでは皆と同じように農作業をしてたんだぜ。仲間外れにまでする必要はないだろ。でもそのおっさんから見れば、俺はもうカリフォルニア人なんだな。たったそれだけでもう憎たらしいんだ。」

皆がそんな些末なことでいちいち憎しみを抱いてたら、世界の平和はなかなか訪れないよね。という結論で頷く中年男二人。ここでディックが、満を持してキメ台詞らしきものを吐きました。

“Everybody has some sort of ビガトリー.”
「誰だって何らかの形のビガトリーを持ってるんだよ。」

激ウマピザを食べ終わってオフィスに戻る途中、思い切って質問する私。

「あのさ、さっきの単語、意味教えてくれる?ビガとリーとか何とかって…。」

「え?知らなかったの?」

話題と文脈から予測はついたのですが、このまま確認しないですませるとまた暫く忘れてしまいそうだったので、ここは恥を忍んでディックに教えを請いました。

Bigotry(ビガトリー)ね。ほら、俺がさっき言ってたみたいな、カリフォルニアの人間は薄っぺらいから嫌いだ、とかいうやつだよ。偏見に基づいた敵対意識とか憎悪っていう意味だね。」

「サンキュー!新しい単語、ゲットだぜ!」

後であらためて調べたところ、これはbigot(偏狭な人)の変化形で、語源は「フランス語由来でBy God(神のそばに)から来ている」とする説が有力みたいです。極端に信心深い人、という意味から、自分の信仰や価値観と相容れない人を差別するタイプの人に使われるようになったのだとか。

“Everybody has some sort of bigotry.”
「誰だって何らかの形の敵対意識を持ってるんだよ。」


自分の中のビガトリーに気付いたら、根本にある劣等感を排除する必要がありますね。他人と較べない教育やしつけを広めることが、世界平和への第一歩ではないか、とちょっと考えを進めた午後でした。

2016年7月31日日曜日

Drink from the fire hose 消防ホースから水を飲む

今週初め、若手社員のカンチーが一週間のお休みから戻って来ました。

「おかえり!どうだった?」

部下のシャノンと二人で出迎えます。メキシコはバハ・カリフォルニアの無人島、学習環境に恵まれない中高生たちと寝泊りし、海洋学を入り口としたサイエンス教育を施すというボランティア活動に参加して来たのです。すべて自腹で。生徒たちは圧倒的な大自然の中、一般の学校教育には到底望めないレベルのリアル学習を進めることで、地球の未来、自分達の未来について考えを深めて行くのだそうです。

十代の初めに両親とベトナムから渡って来た当初は、英語もろくに話せなかった彼女。家も貧しく、大変な苦労をしながら学業に取り組んでいたのですが、そんな時、ひょんなきっかけでこのプログラムに生徒として参加し、一気に視野が開けたと言うのです。今自分がここにいるのはあの夏の体験のお蔭、だからその恩返がしたい、と毎年インストラクターを務めているのだと。

「その傷、どうしたの?」

彼女の左腕に大きな擦り傷を発見した私。

「あ、これ、サメです。」

シャノンと一緒にギョッとする私。そのリアクションに満足したのか、ほとんど間を置かずにネタバラシするカンチー。

「ジンベイザメ(Whale Shark)ですけどね。」

「え?ジンベイザメって人を襲うんだっけ?」

「いえ、歯は無いし、人も襲いませんよ。大きな口を開けてプランクトンを飲み込みながら生きてるんです。」

出現したジンベイザメのそばまで泳いで行って観察していたら、突然背後でもう一頭浮上して来て、すれ違いざまに軽く皮膚が触れたのだそうです。

「サメの肌って、びっくりするほど粗いんです。だからちょっと油断すると、触っただけでこっちが傷ついちゃうんですよ。」

「へ~え。すごい体験をしたんだねえ。」

「職場ではサメに襲われたとだけ言っとけって、仲間に吹き込まれたんですけどね。」

クスクス笑うカンチー。

そんな美味しいネタ、僕なら五分は引っ張るけどなあ。この子ったら、一秒も待たずにバラシちゃうんだもん。モッタイナイ

さてこの週末からは、入れ替わりにシャノンが夏休み突入です。家族で二週間のイタリア旅行。木曜の午後、これから留守を預かるカンチーにじっくり時間をかけて引き継ぎしているのを横目で見ていた私。カンチーが退社した後、シャノンに首尾を尋ねます。

「たっぷり仕事を渡しといたから、あの子、暫くは忙しくなると思うわ。」

「アップアップって感じだった?」

「もちろんよ。そうなるように意識してやったんだもの。」

初めから全部処理出来るとは思えない量の課題を与え、わざとミスを犯させる。そこから何かが学べればいい、と彼女は言います。

「私もそうやって学んで来たから。」

私よりずっと若い彼女がそういう価値観を持っているとは、ちょっと意外でした。

「彼女の生い立ちを聞いてると、共感出来る点が沢山あるの。」

「え?そうなの?」

「私、六人も兄弟がいたから、経済的にも教育環境的にもかなり大変だったのよ。でもそういう状況でも苦労しながら学ぶことで、何とかやって来たの。到底消化できそうも無いような大量の情報でも構わず一気に浴びて、もがきながら何かをつかむ。私の経験上、これが一番の勉強法だと思うのよ。」

ゆとり教育信奉者なら眉をひそめそうな発言ですが、もちろん全面的に賛成です。その時、私の頭にあるフレーズが浮かびました。

“She’s drinking from the fire hose.”
「彼女は消防ホースから水飲んでるんだね。」

これはつい先日、副社長のパットと電話で話している時に彼女の口から飛び出したイディオム。最近転職して来た社員が職務に必要な情報を大慌てで詰め込んでいる様子を描写したものですが、消防ホースから水を飲む、というビジュアルイメージは、このシャノンの主張にもピッタリだと思いました。似た慣用句が日本語にあるかどうか考えたのですが、思いつくのは「千本ノックを受ける」くらい。違いと言えば、ノックのように誰かにシゴかれるわけではなく、むしろ自ら望んで試練に耐えるニュアンスが強いという点でしょうか。

実は私、若いカンチーがどういう働き方をするのか未知数だったので、ここ数カ月は一口サイズの仕事をゆっくりと与えて様子を見て来ました。でもシャノンは、早くもカンチーの強さを見極めたようなのです。大丈夫、この子は試練に耐えるだけの地力がある、と。

ニッコリ微笑んで、シャノンがこう言いました。

「私達、ほんとにいい子を採用したわね。」

私もニッコリ。まるで、孫の寝顔を見て目を細める老夫婦みたいでした。


2016年7月24日日曜日

アメリカで武者修行 第35話 煩悩を切り捨てよ

「シンスケって、人の悪口言わないわよね。」

職場から車で五分の距離にあるショッピングモールに、小さなタイ料理屋「タイカフェ」があります。同僚のジェシカとティルゾに誘われ、週に二回程度ここでランチを取るようになりました。ジェシカというのは、構造力学専門の若手社員。高速道路プロジェクトの終了間際にチーム入りした後、今の支社に転属した仲間です。彼女がティルゾとゴシップに花を咲かせるのをぼんやりと聞きながら淡々と咀嚼を続けていた私は、突然の一言でハッと我に返りました。
「え?何の話?」
「シンスケの口から人の悪口を聞いたことないなあって、今気づいたの。よく考えたら私なんか、喋ってることの大半が人の噂話とか悪口よ。恥ずかしくなっちゃう。」
「うん、確かにシンスケは他人のことを悪く言わないよね。」
と、ティルゾが同調します。
「いやいやとんでもない、買い被りだよ。僕はそんな立派な人間じゃないって。」
突然二人から聖人君子のように扱われたことに、当惑する私。
「自分のことに精一杯で、他人のことを気にしてる余裕が無いだけだよ。それに二人には分からないかもしれないけど、悪口って、英語学習者にとってはとんでもなくハードルが高いんだぜ。」

思わず本音を吐露してしまいました。周りの社員が何でも軽々とこなしている脇で、毎日慣れない仕事にもがき続けてる。出来ることなら、人の悪口が言えるような境地に辿り着きたいよ…。そんな風に鬱屈していたのに加え、実はこの時、午前中に臨んだレベル2会議でのダメージが心を重く湿らせていたのです。

小会議室のテーブルに、電話を挟んでエリカと着席し、一件20分のカンファレンスコールを立て続けに3時間こなします。全米各地から、顔を合わせたこともないPM達が入れ替わり電話してきて、それぞれが担当するプロジェクトの現況を説明します。これをじっくり聞き取りつつ的確な質問を投じ、相手のリアクションから危険信号を察知して上層部に報告するのが私の役目。一段リスクの高いプロジェクトを対象としたレベル3会議では、エドやクリスが刃物のように鋭い質問の連続で相手をじわじわと追い詰めて行き、その気になれば最後まで伏せておけたかもしれない「問題の種」を易々と自白させる場面に、再三立ち会って来ました。

もちろん、新米の私にそれだけの技量が備わっているはずもなく、工期に遅れは無いか、クライアントとは上手く行っているのか、などという当たり障りのない尋問しか出来ません。当然、期待通りの回答しか得られないため、私がレビューを担当したプロジェクトは全て順風満帆、というレポートが出来上がってしまいます。これじゃ、大勢の社員の仕事を中断させてまで聞き取りをするそもそもの意味が揺らいで来ます。会議机の向かい側でノートPCを開き、静かに議事録を取るエリカに対しても申し訳なく思う気持ちが募り、何とかして一矢報いたい、と焦れていました。

そんな時、前日エドが盛んに使っていたキーワードが蘇りました。彼はレベル3会議の出席者に対し、「契約書にLiquidated Damages(リクィデイテッド・ダメージ)条項は含まれているか」と何度か尋ねていたのです。その響きがクールだったのに加え、電話の相手の怯む様子が無言状態の長さから読み取れて印象的だったため、試しに使ってみようと咄嗟に思い着いた私。
「え?なんだって?」
電話の向こうで、PMがさっと気色ばむのを感じます。
「そんなものあるわけないだろう。これは資料を集めて分析し、レポートを書く仕事だってさっき説明したばかりじゃないか。どうしてここでLD(エルディー)が出て来るんだよ?」
言葉の意味を理解せずに質問したのですから、こちらの落ち度なのは百も承知です。しかしPMの反撃が予想外に激しく、「エルディー」などという略称を使うことで知識の差を見せつけられたこともあって、すっかり落ち込んでしまいました。

電話会議終了後、エリカに話しかけます。
単語の意味を知らないまま使って逆襲にあっちゃった。Liquidated Damagesって言葉、知ってた?」
「実はさっき、シンスケの質問を聞いた時に調べておいたの。読み上げるわね。」
彼女がインターネットの画面を、いかにも「私だって知らなかったのよ」とかばう様な調子で棒読みします。
「なるほどね。スケジュールの遅れや成果品の不具合のために契約相手に与えた損害を、一日当たりいくらと決めて賠償する条項ってわけか。確かにエドは、建設設計プロジェクトのレビューでこのワードを使ってた。そうだよね。レポート書くだけの仕事に、そんなものあるわけがない。あ~あ、本当に僕は何をやってるんだか…。」
「気にすること無いわよ。私だって、会話の内容を全部理解出来てるわけじゃないのよ。」
「慰めてくれて有難う。でも、今の失敗はさすがにこたえたよ。」
早く一人前にならなければ、という焦りが、自分を実力以上に見せようと駆り立てていることは自覚していました。失職の危機を一時的に脱したとは言え、折角チャンスを与えてくれたエドの忍耐力をいつまでも試し続けるわかにはいかないのです。

こんな風にして、日一日と心身の疲れが蓄積していました。平日は、通常業務終了後にプロポーザル準備の仕事に取り組むため、恒常的な深夜残業。土日は朝5時起きし、近所のスターバックスでPMP資格取得のための試験勉強です。辞書を引き引き、専門用語を丸暗記しながらプロジェクト・マネジメントの基本を頭に叩き込みます。そして家族が目を覚ます頃に帰宅し、ヨチヨチ歩きの息子の相手をする、というライフスタイル。

プロポーザル締め切り前日の日曜日、早朝の試験勉強を終えて無人のオフィスに出社した私は、自宅で作業を続ける同僚サディアと、電話で話しながらスケジュールを仕上げて行きました。オレンジ郡のプロジェクト獲得のために競合他社から引き抜かれて来た彼は、下水道管老朽化検査のエキスパートです。インドの大学を卒業後、渡米して修士号と博士号を取得し、その後四半世紀、エンジニアとしてのキャリアをアメリカで積んで来ました。インド出身者にありがちな強いアクセントは無く、一語一語を丁寧に発音します。カールした銀髪、縁なし眼鏡の奥で光る好奇心に満ちたその瞳は、アインシュタインとの血縁を思わせます。
「ちょっと待って。そんなに急がないで。今考えているところだから。」
先走る私を悠然と制する、電話の向こうのサディア。早くスケジュールを仕上げなければ翌朝の提出に間に合わないため、私は焦りに焦っていたのです。彼ののんびりした口調に、やや苛立ちながら。

彼との電話を切った時には、既に陽が落ちていました。がらんとしたオフィスの天井灯を、頭上の一列だけ点灯します。仕上がったバーチャート・スケジュールをメールしてサディアの最終確認を受け取った後、各タスクに「リソースを載せる」作業に移ります。各プロジェクトメンバーの労働時間が一日8時間を超えないよう試行錯誤を繰り返し、リソース・グラフを仕上げたのが夜10時過ぎ。これをプロポーザル・コーディネーターに送信した後、くたくたになって帰宅しました。

翌日の昼、プロポーザル無事提出との知らせを聞いた後、サディアに誘われて日本食レストラン「将軍」へ行きました。目の前の巨大な鉄板でシェフが分厚い肉を焼くのを眺められるカウンター席に、二人並んで着席。
「君の頑張りが無ければ、今回のプロポーザルは到底まとまらなかったよ。本当に有難う。今日は僕のおごりだ。」
私は焼肉定食を頼み、サディアは肉抜きチャーハンを注文しました。お肉食べないんですか?と尋ねる私に、インド出身者には菜食主義者が多いんだよ、と彼が微笑みます。
「インドといえば、ヨガですよね。ヨガやるんですか?最近、このへんでもすごく流行っていますよね。私も無料体験コースに参加したことがあるんですが、床に寝転んでストレッチしてる最中に眠っちゃって。静まり返ったジムの中、いびきをかいて鼻を鳴らしちゃったんです。短時間に二回も。もうそれ以来恥ずかしくって、ヨガ・アレルギーですよ。」
会話の糸口を作るためのこの軽口に対し、サディアは穏やかな表情を浮かべたままこう応えました。
「僕は過去35年間、毎日ヨガの修行をしているよ。」
「え?そうだったんですか?ごめんなさい。失礼なことを言っちゃいましたね。」
ちょっと注意していれば、年齢の割に引き締まった彼の体形や冷静沈着な物腰から、ヨガとの関連性は簡単に連想出来そうなものです。どうして気づかなかったんだろう?
「いや、失礼なんてとんでもない。ヨガがこの国でどう扱われているかは、よく分かってるつもりだからね。まず、誤解しないでもらいたいんだけど、ヨガは単なる柔軟体操じゃないんだよ。身体の柔らかさを競うだけなら、人間は猿にも勝てないからね。ヨガの真髄は、己と外界との間で起こる、精神の融合なんだ。精神を集中することで、幸せを創り出す。たとえば、美味しい物を食べて幸せになろうとするのではなく、何を食べても美味しいと思うことを自分で選択する。我が身に起こることが幸か不幸かを決めるのは、自分の精神なんだよ。」
「あの、ちょっと待って下さい。メモ取ってもいいですか?今、ものすごく良い話を聞いてる気がするんです。」
「もちろんだよ。」
私は急いで尻ポケットから手帳を取り出し、彼の説話の要点を書き取り始めました。
「我々は、自分が考えていることを常に意識し、どう考えるかを慎重に決断しなきゃいけない。日々の想念が、着実に己を変えて行くんだ。ほら、ここに水の入ったコップがあるだろう。」
彼が、よく冷えて外側が水滴で一杯になったコップを、ひょいと摘み上げて指さします。
「ここに入っているのが、濁った泥水だとしよう。しかし毎日少しずつでも浄水を注いで行けば、いつの日かコップは清い水で満たされる。泥水を注ぎ続ければいつまでたっても泥水だ。己の魂が周囲のネガティブな想念に染まらないよう注意する必要がある。他人の悪口ばかり言う人間には、なるべく近づかない方がいい。」
「なるほど。」
「煩悩(desire)を切り捨てよ。サンスクリット語ではクレーシャというんだが、ぴったりした言葉が英語に無いので、ここは欲望(desire)としておく。己の欲望に気付いたら、直ちにそれを捨てるよう努めること。欲望をすべて排除した時、人間は最高に強くなれるんだよ。」
頭の隅で長い間しこっていたものが、ふわっとほぐれていくのを感じます。
「煩悩を持たない者は、周囲が自分をどう扱うかについて、何の期待も不安も抱かない。だから何を言われても傷つかないし、何を言われるかについて気を揉んだりもしない。」
彼の言う通りじゃないか。人からどう思われるかなんて気にしなければ、もっと楽に生きられるはずなんだ…。
「でも、それってすごく難しくないですか?」
と私。
「もちろんだ。簡単に出来るくらいだったら、僕だってこうして35年も修行を続けてないよ。」
包容力をたたえた笑顔で、私の目をじっと見るサディア。
「焦らずに淡々と、日々精進を続けるだけ。昨日より今日が、ちょぴり良くなってればいいじゃないか。」

老師のこの言葉で、再び前へ進む気力を取り戻した私でした。 

2016年7月23日土曜日

Green with Envy うらやまし過ぎて緑色

もうすぐ15歳になる息子が先月、数学の夏期講習みたいなものに登録しました。これは自宅学習を基本とし、期日までに宿題を仕上げて週二回インストラクターに会い、進捗を確認するというスタイル。ウルトラ楽観主義者の彼は、この程度の内容なら7月中に終わらせられるよ、と豪語していたのですが、想像を遥かに超える試練が待っていました。

現地校ではプロジェクト・ベースの刺激的なプログラムに沿って勉強しているので、何時間も教科書とにらめっこするこういうオーソドックスな学習スタイルが、辛くてしょうがないのです。早々に根を上げた彼は、両親の励ましも耳に入らず、ひたすら苦痛を先送りしてごろごろ寝てばかり。もしも約束通りに終わらせなかったらiPhoneの無期没収よ!と妻が宣告したところ、じゃあいいよ、どうせ終わりっこないんだから没収の日までずっとゲームして遊ぶ!と開き直ります。ここで遂に私がキレました。ふざけんな!なんだその怠け者コメントは!すると息子は、要求レベルが高すぎるよ、と涙目になって激しく我々を責め始めたのです。え?その立場で反論するか?

自分で自分の勢いに勇気づけられたのか、ますます興奮して憤懣をぶちまけはじめた息子に、

「まずはとにかく落ち着きなさい。」

とたしなめる妻。聞いてみると彼は、この件以外でもイライラの種をたくさん抱えているのだとか。肩で息をしながら冷静さを取り戻そうとする息子を見ながら、しみじみ思いました。気づかぬうちに、典型的なガラスの十代になってたんだなあ…。

さて先日、出張先のホノルル支社で仕事していた時、コンピュータ画面にMicrosoft Lyncのインスタント・メッセージが開きました。サンディエゴ支社の別フロアで働くソフィアです。

「今オフィスにいる?ちょっと話したいんだけど、会えない?」

「いや、今ハワイに来てるんだ。」

これに対し、彼女がこう返して来ます。

“I’m blue with envy!”
「うらやましくって青くなっちゃった!」

はあ?なんのこっちゃ?

会話を締めくくってからネットを調べたところ、

“I’m green with envy”
「うらやましさ(envy)で緑色になる。」

という慣用句は見つかりました。エンヴィ(Envy)は「羨望」とか「うらやましく思う気持ち」という意味ですね。でもどうしてここで、青とか緑が出て来るのか?

サンディエゴに戻って周囲に尋ねたところ、どうやらこれは頻出フレーズらしいです。みな揃って、

「そこはグリーンでしょ。ブルーとエンヴィは繋がらないよ。」

と指摘します。同僚の中でも飛びぬけて口の達者なソフィアが、単純に言葉のチョイスを間違ったとは考えにくい。私がハワイにいると知り、咄嗟に「ブルーハワイ」とかけて緑を青と入れ替えたんだろう、ということで話が落ち着きました。

でもやっぱり、緑色とうらやましく思う気持ちとの繋がりがしっくり来ません。アメリカ人は、グリーンを見て反射的に羨望を連想するのだろうか?日本人の私からすると、緑は若さとか新鮮さの象徴でしかないのです。ランチルームで同僚ポーラと会ったので、尋ねてみました。

「私も、緑色と羨望を結びつけることはほとんど無いわね。連想クイズ出されても、エンヴィなんて五番目くらいまでは出て来ないと思う。」

ふ~ん、そうなの。でも五番目には出て来るのか…。ちょっと微妙。

昼食後、ネットで調べを進めた結果、これはシェークスピア作品の一節から来ているのだという語源説が見つかりました。

「緑の目をした怪物(Green-eyed monster)に噛まれた人は羨望や嫉妬で頭が一杯になってしまう。」

というのがそのフレーズ。なるほど、身体が緑色になるわけじゃないのね。超人ハルクみたいなのを想像してたんだけど。そういえばハルクは怒ってばかりで、他人を羨ましがってるようには見えないもんな。

別のフロアで予定されているチームリーダー・ミーティングに向かう途中、エレベーター・ホールで若手PMのマットに会ったので、この疑問をぶつけてみました。

「そのイディオムでしか、緑色とエンヴィは結びつかないと思うよ。大抵はポジティブなイメージしか出て来ないでしょ、グリーンからは。」

という返事。

「やっぱり?そうだよねえ。あ、でも今思い出したんだけど、映画Inside Out(邦題はインサイド・ヘッド)で全身緑色の子がいたでしょ。あれ、どういう性格だったっけ。」

Disgust(ムカムカ)だね。」

「それは間違いなくネガティブでしょ。どうして緑をそんな感情と結びつけるのかな。」

マットはちょっと考えてから、こう答えました。

「グリーンって若いってことでしょ。若い時は、何かにつけてイラついたりムカついたりしなかった?」

「おお、なるほど。それなら分かる!」

これが世の中の統一見解かどうかは不明ですが、すっきりと腑に落ちた私でした。


2016年7月16日土曜日

Frame of Reference 比較の対象

先日のランチタイム、ベトナム生まれの部下カンチーと、「今どれだけ幸せか」という話になりました。十代で渡米し、英語力ゼロの段階から死にもの狂いの努力を重ねて大学を出た彼女は、若くしてしなやかな強靭さを身に着けました。滅多なことではへこたれない。私も日本で高ストレス下の激務を乗り越えて来たお蔭で、アメリカで時に体験する逆境にも、大した痛痒を感じません。長時間労働や突然の残業も、故川上哲治氏の言う「球が止まって見える」レベル。

「正直なところ、オープン・オフィスじゃ気が散って仕事にならないとかっていう不満を聞く度に、贅沢だなあって思うんだよね。職があるだけで幸せじゃんって。」

大きく頷いて同意するカンチー。アメリカで生まれ育った同僚達とは出来事の受け止め方が全く違うという点が、我々二人の共通項なのですね。

最近ハマっているポドキャスト「Invisibilia」で、ホロコーストを生き抜いたおばあちゃんから、

「何を文句言ってんの?あんたはランプシェードじゃないでしょ。」

とたしなめられるポーランド系女性のエピソードが紹介されていました。アウシュビッツで大量虐殺されたユダヤ人の皮膚を材料にランプシェードが作られたというおぞましい歴史が元らしいのですが、そんな例を持ち出されちゃったら滅多なことじゃ愚痴をこぼせなくなります。不平不満のハードルが、世界陸上決勝の棒高跳びレベルにセットされているのですから。

この回のポドキャストのタイトルは、

Frame of Reference (フレーム・オブ・レファレンス)。

幸福感というのはその人の持つフレーム・オブ・レファレンス次第でどうにでも変化する、という文脈で使われるフレーズですが、なかなかピッタリした日本語訳に出会えません。ネットで紹介されているのも、「基準系」とか「見解」みたいに、いまいちしっくり来ない訳ばかり。ざっくり言えば「参考とする枠組み」という意味で、今回のエピソードに限って言えば、「比較の対象」ということでしょう。

「おばあちゃん、比較の対象(Frame of Reference)が極端過ぎるわよ!」

って感じ。

さて、今週はホノルル出張がありました。下水処理場拡張プロジェクトのマネジメント・チームから、スケジュールの作成を頼まれたのです。行き帰りを挟み、中二日の日程。上下水道部門のトップであるレイから、

「滞在中のランチタイムにPMトレーニングもお願い出来る?支社の社員たちを集めるから。」

という依頼があったので、水曜日に「アーンド・バリュー・マネジメント」を、木曜日に「マイクロソフト・プロジェクトを使ったCPMスケジューリング」を教えました。どちらの回も、会議室が40人を超える出席者で一杯になりました。

ホノルル支社の人たちはみな親切で、概ね幸せそう。男性の大半が、アロハシャツで働いています。地元出身じゃない社員の多くは、

「ハワイに住むのはずっと昔からの憧れだったから、夢が叶って幸せ!」

と満面の笑み。青い空に青い海。そして椰子の木。パラダイスを絵に描いたような場所ですから、これは納得です。

アメリカで長いこと働いている私ですが、仕事でハワイに行くなんて滅多に無い機会。この際だから観光もしちゃおう、と密かに企んでいたのですが、残念ながら実現できませんでした。ここ暫くプロポーザル作業に忙殺され、更にPMトレーニングのためのスライド作りも重なったため、出張前の三週間は週末もほぼぶっ通しで働きました。その結果、運動不足と過労がたたり、暫くなりを潜めていた腰痛が再発。唸り声を押し殺して飛行機の座席から立ち上がるのがやっと、という体調で出張をスタートしたため、とてもじゃないけどワイキキ観光の気分にはなれなかったのです。しかもハワイ時間の深夜2時には東海岸の同僚達が出勤して来るので、ホテルの部屋で早朝から対応に追われます。そんなわけで、夜7時には睡魔に襲われてあっけなく就寝。本当に、ほぼ仕事だけのホノルル滞在だったのです。

それでも二日目の夕方、なんとか気力を振り絞ってビーチに出ました。砂浜で人々がくつろぎ、桟橋の先には観光船の船着き場が見えます。椰子の木陰で、絵に描いたような「ハワイなう」な写真を撮り、妻にテキスト・メッセージを送信。数時間後に電話を入れたところ、待ち構えていたように彼女が笑います。

「写真見て、思わず何て叫んだか分かる?」

「てめえこの野郎!かな?」

「そんなこと言うわけないじゃない!」

「じゃ、何て言ったの?」

「ふざけんな!よ。」

「おんなじじゃん。」

私の留守中ハイ・ストレス状態で仕事していた彼女には、こんな写真、目の毒でしかなかったようです。私がホノルルで遊び呆けているわけじゃないことを丁寧に説明し、何とか分かってもらいました。

さてその日の午後は、副PMのアンが私を現場視察に連れて行ってくれました。彼女はシアトル出身で、二年前にハワイ移住を果たしたそうです。今住んでいる家からは歩いてビーチに行けるのだとか。

「毎日のようにスノーケリングを楽しんでるのよ。」

ううむ。それはお気楽なライフスタイルだねえ。

二人でヘルメットを被り、巨大な汚水処理タンクや沈殿槽が立ち並ぶ敷地を歩き回っていたら、彼女が何度も同じ単語を使ってある方向を指さしているのに気付きました。その指の先には、高さ5メートルくらいの青々とした木々の下、トタン板風の安っぽい材料で作られた小屋がいくつも軒を連ねています。

「え?なんて言ったの?」

と尋ねる私に、

Halfway House(ハーフウェイ・ハウス)よ。」

と答えるアン。

「アル中や薬物中毒者が社会復帰を果たすために、一定期間過ごす施設ね。」

ハーフウェイだから「道半ば」、ですね。つまり社会に戻る前の家、「社会復帰施設」という意味でしょう。

「え?こんなところで人が暮らしてるの?」

臭気処理をしているとは言え、トイレの排水が広域から集まる場所です。エリア一帯に、常に微かな汚物臭が漂っています。

「処理場敷地内なら借地料が発生しないから、ここに作られたんだと思うわ。」

「へ~え、なるほど。そうなんだぁ。」

アイディアに感心しつつも、微妙な違和感を覚えていた私。

景色を眺めているだけで気分がハイになるような楽園に暮らしながらも、更にハイになろうと薬物に手を出す人がいる、という事実に驚嘆していたのです。心の中で、姿の見えないハーフウェイ・ハウスの住民たちに語り掛けていました。

「君達のフレーム・オブ・レファレンスは、いくらなんでも欲深すぎるぞ!」


2016年7月10日日曜日

UGLY ブサイク

二週間前、これまで新居の裏庭でつつましく楽しんでいた家庭菜園が、地中で暮らすGopher(ホリネズミ)に根っこを食い尽くされて壊滅しました。好きな時にもぎたてのキュウリやプチトマトやネギを食べられる生活が終わりを告げ、家族全員でがっかりしていたのですが、姿の見えないこの敵は攻撃の手を緩める様子もなく、いつの間にか裏庭全体が広範囲に渡って穴だらけにされてしまいました。朝起きて庭に目をやる度に、その被害の拡がりに嘆息の毎日。

先日、まだ夜も明けきらず遠くの空が微かに白み始めた頃、サンダルをつっかけて庭に出た途端、足がすくみました。十メートルほど先のフェンス際、薄暗がりの中を何か灰色の動物がゆっくりと横切っているのです。遂にゴーファーとご対面か?それとも野良猫か?と目を凝らしましたが、体長が40センチほどもあり、左右に揺れながらトコトコ進む様子から見て、これは絶対違うと分かりました。段々と目が馴れ、その異様な造形がついに鮮明なイメージに変わった瞬間、全身トリハダに覆われる私。毛の生えていない肌色の長い尻尾、鼻先の尖った白い顔。奴はこちらの凝視を気にする様子も無く、庭の隅に立ててある物置小屋の床下へよたよたと消えて行きました。

おいおい、ゴーファーの次は何だよ?ここは普通の住宅地じゃなかったのかよ!

部屋に戻って暫くネットで検索した結果、これはオポッサム(Opossum)だと特定出来ました(北米では「ポッサム(Possum)」と呼ぶのが通例みたい)。昔ちょっと調べた時は可愛い小動物という印象だったんだけど、画像を閲覧してみてその怪物ぶりに肝が冷えました。口を開けて威嚇する姿なんかは、かなりグロテスクです。

出勤してさっそく同僚ジョナサンに今朝の遭遇について話したところ、

“They’re ugly!”
「あいつらアグリーだよな!」

という第一声。

「奴等、虫やら土に落ちた木の実を食べて暮らしてるんだ。こっちが攻撃しない限り友好的だけど、追い詰めると牙をむいて唸り声をあげるんだよ。そういう意味では害獣という枠にはめるのが難しい動物だけど、とにかく見た目が醜いってことで人に疎まれてるね。」

更にジョナサンは、英語表現情報を追加してくれました。

Play Possum(死んだふりをする)っていうイディオムがあるんだけど、奴等の得意芸が死んだふりなんだ。」

「うん、ネットで見たよ。死んだふりをしてるポッサムもやっぱりアグリーだった。」

「そうだろ!普通は愛らしくなるところなのに!何やったってアグリーなんだよな、あいつらは。」

十時になって別の同僚ディックと打合せをした際も、この話をしてみました。彼も間髪入れず、「ありゃアグリーだ!」と返します。ポッサムと言えばアグリー。これはもう、「キムタクと言えばちょっ待てよ!」くらいの一般常識みたいです。

「うん、確かに見た目がひどく不格好で気持ち悪かった。でもさ、容姿の醜さだけでそこまで邪険にされるのは、いくらなんでも可哀想じゃない?」

と私。

「世の中そういうもんでしょ!」

とクールに言い放つディック。それからちょっとクスクス笑った後、いきなり歌い出しました。

「ユー、ジー、エル、ワイ(U.G.L.Y.)!」

両手に何か持って振り回すような格好で、こんな言葉をリズムに乗せて唱え始めたのです。

“You ain’t got no alibi, you’re ugly! You’re ugly!”
「あんたにアリバイは無いわ。あんたはアグリー!あんたはアグリー!」

なんなのそれ?と尋ねる私に、

「チアリーダーが敵チームに対して歌う曲だよ。」

と笑うディック。なるほど。とすると、この場合のアグリーは「ブサイク」くらいのニュアンスでしょう。

「敵チームに対する一番破壊的なフレーズがブサイクってことだね。チアリーダーってのは学校でトップクラスのイケてる女子にしか許されないステータスで、言ってみれば美しさを武器にした集団なんだよ。もちろんアクロバット技術も大事だけど、容姿の良さが絶対条件。だからチアリーダーになれない女子たちを見下す傾向がある。外見の美醜を口にすること自体が問題とされるご時世なのに、チアリーディングの世界ではその差別が許されてるんだよ、不思議なことに。」

「そういえば、GLEE(グリー)ってテレビドラマにも高校生のチアリーダーが出て来るんだけど、チームに入れない女子たちをあからさまに見下してたよ。その美女たち、ドキッとするくらいセクシーな衣装で、これ見よがしにナイスボディーをくねらせて踊るんだよね。それはもう、ほとんどストリップ・ダンス。高校生がだよ!親はどういう気持ちで見てるのかなあ、と首を傾げたよ。」

「俺はベロニカが高校でチアリーディングやりたいって言っても、絶対反対するね。」

ディックにはまだ幼稚園生の娘がいるのです。

「そのためなら、他の女子高生たちの妖艶な踊りを見る楽しみも喜んで放棄するよ。」

社会がどう規制しようとも、人間の本能が「美しいもの醜いもの」を見極めるようになっている以上、これは絶対無くならない。生まれつき美しい者が常に良い目を見て、醜く生まれれば低く見られる、という状況は続くのだなあ、という結論になりかけた時、ディックが急に困り顔になりました。

「ワイフがさ、最近ベビーシッターを勝手に雇ったんだ。まいっちゃうよ。」

彼のところは双子ちゃんがいて、奥さんはパートタイムで働いているので、シッターの手を借りたいのは当然でしょう。何がまいるのか尋ねると、

「それが17歳の女子高生なんだよ。すごく素直な良い子なんだけど、めちゃくちゃ魅力的(extremely attractive)なんだ。抜群のスタイルに、ぴちっとしたTシャツ着てね。ホットパンツからケツがはみ出してるんだぜ!」

「え~?いいじゃん!」

思わず正直に反応する私。

「全然良くないだろ!一体何やってんだ!ってワイフに詰め寄ったよ。」

真剣に困惑顔を保つディック。

「自宅の正面にフェラーリが停まってたらどうする?絶対見ちゃうだろ。車ならそれでいいよ。でも美人女子高生をじろじろ見たらどうなる?絶対おかしなことになるだろうが。いやらしい目で見られた、なんて親や警察に話されでもしたら一巻の終わりだぞ。」

「なるほど。チラ見一発でセックスオフェンダー・リスト入りってことか。」

「そんなもんに家の中をうろうろされたら本当に迷惑だよ。何とか辞めさせたいんだ。」

美しさが仇になって職を失う、か…。皮肉なこともあるんだなあ。

ディックとの打ち合わせが終わり、ランチルームで生物学チームの同僚エリックと会いました。今朝のポッサム遭遇話を始めたところ、すかさず例の、

“They’re ugly!”
「ブサイクだよね!」

が返って来ました。ひどいよね、みんなで寄ってたかってブサイクってけなしてさ、とやや同情的になる私。

「前に住んでた家が谷に面しててね、隣の家の庭にはしょっちゅうポッサムが来てたんだ。」

とエリック。

「そこの住人は猫を飼ってて、いつも器を餌で山盛りにして庭に放置しておくんだ。夕方になると、残飯を狙って動物が集まって来るんだな。大抵は可愛らしいアライグマが真っ先に到着して餌にありつくんだけど、その後よたよたとやってくるのがアグリーなポッサム。不思議なことに、アライグマは威嚇することもなく、脇によけてポッサムに半分譲るんだ。仲良く山分けしてる姿は微笑ましいくらいだったよ。」

「ブサイクな奴に対する温情なのかな。」

醜い外見が役に立ったのだとすれば、世の中って捨てたもんじゃないな、とホンワカしかけた時、エリックがこう付け足しました。

「ところが、そのアライグマとポッサムが揃って後ずさりして、餌をまるまる譲るような動物が時々現れるんだ。何だと思う?」

「鷹かな?それともコヨーテ?」

エリックがニヤリとして言いました。

「いや、スカンク。」

可愛い奴もブサイクな奴も、体臭のキツイ浮浪者の登場にたまらず退散ってところでしょう。

世界は、思ったよりうまく出来ているみたいです。