2016年12月6日火曜日

Live it up! シドニーで豪遊

月曜朝、シドニーに到着しました。これから二週間、ニンジャとして支社のサポートをします。オーストラリア初上陸。若い頃ならきっちり予習してから来たでしょうが、このところすっかり横着になっている私は、ほぼ予習ゼロで乗り込んじゃいました。

出発前は、同僚達から散々「ワイルドな土地で冒険してこい」的な冷やかしを受けて来ました。部下のカンチーに至っては、「カンガルーの捕まえ方」というYouTubeビデオのリンクまで送って来る始末。ところが空港からシャトルバスに乗り、ホテル前で降りてみてびっくり。どでかい街じゃん!隣には巨大ショッピングモール。ユニクロまで入ってる!通りを足早に行きかう人波を、縫うようにして進みます。

チェックインしてシャワーを浴び、近くの一風堂(大人気!)でラーメンを食べてから支社ビルへ。全面ガラス張り、チョコレート色のメタル部材、リアルウッドと間接照明、それに溢れんばかりの緑で彩られた現代的建築。アメリカ国内でもこんなお洒落なオフィス無いぞ。すげ~じゃんシドニー!さっそく写真を沢山撮って、部下のシャノンにテキストします。

各フロアの簡易キッチンには、銀色に光る本格的エスプレッソマシンが備え付けてあります。飛行機の中でもホテルのカフェでも気づいていたのだけど、コーヒーが実にウマいのです。アメリカで普段飲んでいるコーヒーは、もはや「コーヒー味の熱湯」としか思えない。

一日目を終え、翌朝ホテルのレストランで朝食をとった際、見慣れない光景に気付きます。なんと、本物のミツバチの巣がセットされていて、ここから滴るハチミツをすくって頂くようになっている。ううむ、なんと上質なライフスタイル。アメリカで数えきれないほどホテルに泊まって来たけど、こんなの見たことないぞ。侮り難しシドニー、そしてオーストラリア!

田舎者丸出しでミツバチの巣を撮影し、シャノンにテキストします。彼女がすかさず返信。

“You’re living it up, aren’t you?”
「リブ・イット・アップしてるんでしょ!」

ん? どういう意味だ?ネットで調べたところ、「贅沢をする」とか「派手に暮らす」という意味でした。

“You’re living it up, aren’t you?”
「豪遊してるんでしょ!」

いやいや仕事してるんだよ、と斬り返しつつ、こんな出張だったら何度でも来たいもんだ、と内心ほくそ笑む私。大統領選挙後のアメリカにすっかり幻滅していた妻は、一連の写メを見て、

「移住?」

と返信して来ました。

いいかも…。


2016年12月4日日曜日

Rolling with the punches パンチに合わせてローリング

先月オーストラリア全支社で使用を開始した新PMツール。そのエンドユーザー支援のため出張していたエリックがシドニーから戻って来たので、さっそく電話で様子を聞いてみました。

「二週間、不気味なほど静かだったよ。ジーニアスバーを開設して座ってたのに、ほとんど人が来ないんだ。きっと、みんなまだ現実から目を背けてるんだな。新ツールを使わないで済む間は出来るだけ無視しとこうってね。でもシンスケが着く頃にはきっと慌ただしくなってるぞ。月次レポート提出締め切りが1216日だろ。上層部がそろそろ本気でPM達のケツを叩き始めるよ。」

頻繁に繰り返されて来た組織改変やビジネス・ポリシーの変更にダメ押しするかのような、今回のPMツール刷新。こうした変化の連続に辟易している社員は多く、抵抗したくなる気持ちもわかります。実際、沢山の社員が「事務関係の変更が多すぎて、本来業務に集中出来ない」と会社を去って行きました。プロジェクトコントロール・チームの皆には、

「今こそ我々のビジネスチャンスだぞ!」

と強調して来た私。助けを求める人が増えれば、我々サポート部隊の活躍の場が拡がる。変化こそが我々の食い扶持なのです。周囲に先んじて変化に適合せよ、それが我々の売りになるのだ!と。

さて先日、会計担当のベテラン社員であるダイアナが、 持病だった腰の手術を終えて約一カ月ぶりに職場へ戻って来ました。復帰早々大ボスのテリーと何やらゴチョゴチョ話しているのでおや?と思っていたのですが、暫くしてテリーが私の席に来て、こう尋ねました。

「ダイアナが引退を決意したんだって。彼女の仕事の一部をカンチーに引き継がせたいんだけど、いいかしら?」

大きなお孫さんがいるとは聞いていたので、引退のタイミングについては驚きませんでした(47年間働いて来た、と後から聞きました)。しかし、そういえばダイアナとは深い会話をした記憶が無いなあ、とこの時気づきました。彼女は空席をひとつ挟んで私の左隣に座っているのですが、いつもお互いほぼ無言で働いているので、おはようの後は「また明日」までほとんど口をきかないのです。

ちょうど木曜日にカンチーのバースデーランチを企画していたので、ダイアナの引退祝いも合体させることにしました。シャノン、カンチー、ダイアナ、そして隣の島机で働くボブと一緒に、WATERSというお洒落なサンドイッチ屋へGo!

誕生日と引退を明るく祝うはずだった昼食時の話題は、何故かここ数年間での我が社の変貌ぶりに集中しました。最近起こったレイオフの嵐には、一同憤慨を通り越して溜息の連続。二週間前には上下水道部門のリーダーだったエドが突然解雇されたし、カマリヨ支社のマイクは勤務時間の大幅削減を通告されたと言います。

「オレンジ支社のRは、何十人ものPMをサポートしてたんだ。」

とボブ。

「それを前ぶれもなく解雇しやがったんだぜ。PMたちが怒り狂って、何でRを切ったんだ!って訴えたもんだから、会社が慌ててもう一度雇い直そうとしたっていうんだな。当然Rはにべもなく断ったよ。結局、上層部が何も考えずコストカットに走ったお蔭で、PM達がものすごい被害を蒙ってるってわけさ。まったくもって、クレイジーだよ。」

「どの社員がどんな仕事をしているかも知らない人たちがレイオフの人選をしているのは明らかよね。お粗末としか言いようが無いわ。」

とシャノン。

「思うんだけど、どれだけ沢山の人とコネクションを作っておくかが生き残りの鍵なんじゃないかしら。会社が大きくなればなるほど、自分の存在って希薄になるじゃない。」

そうだろうか?確かに人脈は大事だけど、要職に就いていようが下っ端だろうが、切られる時は容赦なく切られる現状を目の当たりにしているだけに、真に有効な対策など無いような気がします。ふとこの時、引退を前にしたダイアナの意見を聞いてみたくなりました。

「度重なる人員整理の対象にもならず、ここまで勤めあげて来られた秘訣って何なの?」

するとダイアナは肩をすくめて、さあね、というジェスチャーを見せた後、

“I’ve just been rolling with the punches.”
「ただパンチに合わせてロールして来ただけよ。」

おおっ!意外な人から面白い表現が飛び出したぞ。パンチがヒットしているのは確かなのに、ほとんど効いていない!何故だ?それは絶妙なタイミングでスウェイバックし衝撃を和らげるテクニックを、敵が身に着けているからだ!という、ボクシング漫画でよく見るあの防御法ですね。いいじゃん。これはかっこいいフレーズだぞ。

でもよくよく考えてみると、どうもピンときません。レイオフをパンチにたとえているのだとすれば、それが大抵は上層部による問答無用の決断である以上、こちらの意思でかわすのは不可能と言って良いでしょう。帰宅後ネットで調べてみたところ、どうやらこんな意味らしいです。

「困難に出会うたび、深刻なダメージを避けるべくこちらの出方を工夫すること」

パンチというのはこの場合、「困難な挑戦や経験」つまりはビジネス環境の「変化」のことだったのですね。要するにダイアナは、「畳みかける変化に抗わず、その都度しなやかに対応して来た」、と言いたかったのでしょう。大ベテランらしく、含蓄のあるセリフでした。


かくいう私も、先週のスタッフ・ミーティングの終わりに、勤続14年の表彰を受けました。我ながら、よくもここまで生き残ったもんだ、と感心しています。今後も一層フットワークを磨き、華麗にパンチをかわし続けて行こうと思ったのでした。

2016年11月29日火曜日

He can wing it. 彼ならウィング出来るわよ。

9月にダラスでトレーニングを受けた際、本社の副社長クラスが沢山出席しているのを知って驚きました。新PMツールの使用開始をサポートするトレーナーを養成する、「スーパートレーナー」の訓練が今回の目的。そもそも普段、その手の細かい仕事に関わる機会も無いレベルの重鎮に、果たして「ソフトの使い方指南」なんて役割を任せられるのだろうか、という疑問が湧いたのです。

そんな副社長群の中に、アルバートというコワモテの中年男性がいました。広い肩幅にせせり出た腹。長年の現場経験を物語る日焼けした顔に、ヒトラー風の口ひげ。「大学ラグビー部の試合にやって来て観客席から睨みを利かせる伝説のOB」みたいな風貌です。受講中、彼が何度も携帯電話をつかんで部屋を出る姿を目撃し、ほらね、言わんこっちゃない、と内心思っていました。そんなに多忙ならどうしてこんなお役目を引き受けたのよ?と。

さて一方、部下のシャノンが先日、トレーナー養成訓練を受けてきました。来月にはサンディエゴで開催されるスーパーユーザー・トレーニングの講師を務めます。密度の高いカリキュラムを四日間ぶっ通しで進めるため、かなりの負担。本社から派遣されるリード・トレーナーがチームを率い、地元のトレーナーであるアレックスとシャノンがこれをサポートするという態勢なのですが、昨日になってシャノンがこぼし始めました。

「シンスケ、アルバートって知ってる?リード・トレーナーとしてサンディエゴに来ることになったんだけど、なんだか心許ないのよ。」

事前に何度も電話で打合せをしたのだが、その度に「君達がリードしてくれていいんだよ」とか「何か天変地異が起こって俺の出張がキャンセルになってくれると有難いんだが」などと冗談めかして言うのだそうです。

“He’s so hands off”
「すごくハンズ・オフなのよ。」

ハンズ・オフ?タックルしてくる選手を手で抑えるテクニック?いやいや、あれは「ハンドオフ」だな…。後で調べたところ、これは

“He’s so hands off.”
「すごく人任せなのよ。」

という意味でした。ハンズ・オフだから「手を放している」ということか…。

シャノンにしてみれば、だったら何でそんな役目を引き受けたのよ?と文句を言いたいところ。目に余るアルバートの無責任ぶりに、本社でトレーニングの取りまとめをしているシャロンに相談したところ、

「そうね、彼にリードさせるのは危険かもね。」

との返事。そして、質疑応答コーナーで厳しい質問を受けた際の担当をしてもらえばいいんじゃないか、と提案します。

「ええ~?そんなの大丈夫かしら?」

と不安を募らせるシャノンに、シャロンが笑いながらこう答えたそうです。

“He can wing it.”
「彼ならウィング出来るわよ。」

ん?ウィング出来る?それは一体どういう意味だ?ラグビーのバックス両端で、トライを多く決めるためにスピードとスタミナを要求されるあのポジションのことじゃないよね…。すぐにシャノンに尋ねたところ、これは「即興で」「出たとこ勝負で」何とか出来る、という意味のフレーズだと言います。ふ~んそうなの。でも、何でウィング?

「どうしてウィングって言うのかは分からないわ。」

帰宅後あらためて調べたところ、どうやら語源はこんなことみたいです。

ウィングは「舞台袖」。セリフをきちんと憶えて来なかった役者が舞台袖で慌てて台本を読んで登場し、その後もしばしば舞台袖に立つプロンプターからのアシストを受けて演技を続けたことから来ている。

なるほどねえ。つまり、シャロンのコメントはこういう意味ですね。

“He can wing it.”
「彼ならその場をしのげるわよ。」

そういえばダラスのトレーニング最終日、一人ずつ前に出てリハーサルをしたのですが、度々席を外していたためとても準備万全とは思えなかったアルバートの順番が来た時、他人事ながらドキドキしていました。すると彼は大物っぽく堂々と登場した後、無言でスクリーンにでかでかと、誰かが着ているプリントTシャツの胸の写真を映し出したのです。

“Project management is like riding a bicycle. It’s easy.”
「プロジェクトマネジメントというのは自転車に乗るようなものだ。簡単だよ。」

と書かれています。そしてカメラを引いてTシャツ全体が現れた時、隠れていたもう一行が見えました。

“Unless the bicycle is on fire.”
「自転車が火だるまになっていなければね。」

ここで一同、爆笑。この「つかみ」があまりに印象的だったので、その後アルバートが何を喋ったのか全く覚えていません。この話をシャノンにしたところ、彼女が首を振りながらこう吐き捨てました。

“That means he’s good at BSing!”
「要するに、ビーエスが得意ってことよ!」

ちなみに、BSというのはBullshit(おふざけ)の略です。ハンズオフとウィングで副社長という地位にまで駆け抜けたアルバート。それはそれでスゴイことだと思うんだけど、一緒に働くのはしんどそうです。



2016年11月23日水曜日

Peanut Gallery ピーナッツ・ギャラリー

本社プロジェクト・コントロール部門副社長のパットからの要請により、月曜の午後一番、ウェブを使った社内トレーニング(ウェベックス)を実施しました。今回、全米は元より世界中の社員を対象に行う内容だったため、珍しく若干緊張していた私。しかしネタは自家製だし、それなりに場数を踏んで来た自負もあったので、よっしゃ、やったるぜ!と意気込みの方が勝っていました。

小さめの会議室に一人陣取り、開始15分前にログイン。ホストを務めるテキサスのジョーゼフという(一度も会ったことはない)若い社員がウェベックスをスタートさせ、予め送っておいたパワーポイントの資料を映し出します。全社レベルのウェブ会議は初体験の私に、彼が簡単に段取りを説明。オープニングの紹介が終わったら、彼が私にホスト権を手渡す。私は録音ボタンを押した後、皆に断って参加者の音声をミュート(消音)してプレゼンを開始する。終了後、質問を受け付けるためにミュートボタンをオフにする。

「オッケー。何かあったら助けてよね。」

開始予定時間の数分前から、画面右側のウィンドウに参加者の名前が次々に現れ始め、あっという間に数百名を超えました。 

「今日のテーマはKPI(Key Performance Indicator)です。カリフォルニアのシンスケがプレゼンしてくれます。ではシンスケ、よろしく。」

とジョーゼフが、段取り通りウェブ上でバトンタッチ。

「皆さんこんにちは。カリフォルニアはサンディエゴ支社からお届けします。シンスケと言います。ではまずトレーニング中の余計なノイズを遮断するため、ミュートしますね。」

そう言ってから、「ミュート・オール」というボタンを押し、トレーニングをスタート。静けさの中、頁をめくりながら10分ほど調子良く喋ったところで、マナーモードにしてあった私のiPhoneが何度もブルブル震えているのに気付きました。おや、とボタンに触れたところ、複数の人からメールやテキストが入っています。中にはパットの名前も。

「音が全然聞こえないよ!」
「プレゼンターが自分の声までミュートしてるぞ!」

と口々に叫んでいるのです。さすがにうろたえた私はミュートを外し、参加者に謝ります。ところが数百人の電話音声を一気に解放したものだから、ものすごい音の洪水でもみくちゃにされます。

「皆さん、ご自分の電話をミュートして下さい!今、最初からやり直しますから!」

まるでデモ隊に単独で立ち向かう、派出所の老巡査。私の必死の呼びかけにも拘わらず、少なくとも数人は音声をそのままに誰かと談笑を続け、どこかで激しく吠える犬の声もこだましています。

「ジョーゼフ!何とかならないかな?」

と完全にお手上げの私。

「ちょっと待って。僕に役割を戻してくれる?」

「え?どうやるんだっけ?」

もう、後はグタグタ。愛想をつかした多くの参加者が途中退出する音がポピッポピッと立て続けに聞こえる中、ようやく態勢を立て直した私はジョーゼフに、

「はい、次のページお願い。」

と指示しながら、何とか時間内にプレゼンを終わらせます。そして平謝りで閉幕。

電話を切った後、しばらく茫然と画面を見つめて固まる私。これほどの大失態、入社以来初めてかも。しかも全世界の支社を相手に…。「へこむ」なんてレベルの話じゃないぞ…。

ようやく自分を落ち着かせ、席に戻ってアウトルックを開けたところ、私とジョーゼフ宛てに副社長のパットからメールが届いていました。

「プレゼンの内容自体はすごく良かったわ。」

とポジティブなコメントの後、今後の改善点をいくつか提案するパット。自分の電話をミュートして下さい、と最初のページに書いておき、口頭でも真っ先にお願いする。遅れて参加して来た人達にも繰り返し言う、などなど。
そしてメールの最後に、パットがこう書いています。

So much for input from the peanut gallery.”
「ピーナッツ・ギャラリーからのコメントはこれくらいにしておきます。」

ん?なんだそれ?

“So much for”というのは、「これでおしまい」とか「以上です」など、コメントを締め括る時に使う表現。じゃあ「ピーナッツ・ギャラリー」って一体何だろう?瞬間的に、チャーリーブラウンやスヌーピーたちを展示する美術館が頭に浮かびました。六本木にスヌーピーミュージアムが出来たっていうし。そういうギャラリーのことか?おいおいパット、今回のプレゼンは「漫画みたいに滑稽だったわね」と茶化してくれちゃってるのかよ?とちょっぴり傷つきながらも苦笑し、一応意味を調べてみる私。

なんと、Gallery(ギャラリー)には「画廊、美術館」の他に「天井桟敷(最上階の一番安い席)」という訳があるというのです。Peanut Gallery(ピーナッツギャラリー)というのはそれを強調したフレーズ。スナックとしてピーナッツくらいしか食べられないほど安い客の座る席、ですね。つまり、「無教養の低所得者用観客席」。そんな低レベルの観衆から発せられる演劇批評は考察に値しないぞ、というケースで使われる表現だというのです。

パットが言いたかったのは、こういうことですね。

So much for input from the peanut gallery.”
「外野からの戯言はこれくらいにしておくわね。」

なんか、じわっと来ました。


2016年11月11日金曜日

Unprecedented  前代未聞

大統領選挙の翌朝、いつものように出勤した私は、何かただならぬ空気にハッとしました。まるで身内に不幸があったかのように、皆がふさぎこんでいるのです。朝一番の打合せでは、同僚サラに「ハウアーユー?」と挨拶したところ、「Not good(調子悪い)」と不機嫌な表情で返して来ました。会議中、何度も何度も大きなため息をつきます。昼休み前のミーティングではディックが、

「不適切な発言も、これからは職場で堂々と出来るよな。なにしろ我らの新リーダーが範を示してくれてるんだから。」

と苦々しげに笑います。遅れて打合せに参加した南米エクアドル出身のアナベルは、今にも些細な一言をきっかけに泣き崩れてしまいそうな涙目でした。打合せ後に食堂へ行くと、総務のヘザーがこちらを見て、

It’s over(もうおしまいよ)」

と吐き捨てるように言いました。隣の席に座ってランチを食べ始めたダグラスは、黒い服に身を包んでいます。

「喪に服してるのさ。リズもアナベルも、今日は黒い服だぜ。」

そういえばアナベルも、ブラックのワンピースでした。

州民の大多数が民主党支持者のカリフォルニアだけに、今回の選挙結果に納得しない人は多いだろうな、と思ってはいましたが、皆が職場でここまであからさまに不満を表明するとは予想もしていませんでした。この国で選挙権を持たない私は、同僚達と同じレベルの憤りを感じることが出来ません。むしろ、こんな無茶をしてまで現状を変えたいと半数の人が思うほど国が病んでいるのだ、という気づきに慄然としている、というのが本当のところ。同時に、その是非はともかく、国の進む方向を変えようと思えばこうやって変えられる仕組みがある、というアメリカのダイナミズムに感心すらしていたのです。そんな心境のまま、

“This is interesting.”
「インタレスティングだねえ。」

と感想を漏らしたところ、間髪入れずダグラスが、

“If that means fucked up, yes!”
「滅茶苦茶だっていう意味で言ってるならね!」

と返しました。

古参社員のビルは不機嫌面を隠そうともせず、

Facts(事実)を脇に押しやって、選挙に勝つためならどんな嘘でもついてやる、というんだからな。全くやり切れんよ。」

と、深いため息。

帰宅すると高校生の息子が、

「先生が何人か、泣きそうになってたよ。」

と話してくれました。彼の担任は授業中、生徒たちにこんなことを言ったのだと。

「私達(の世代)の責任でこんな事態になってしまって、本当にごめんなさい。これから四年間しっかり勉強して、次の選挙で世の中を変えてちょうだい。」

学校でそんな話をしちゃっていいの?と尋ねると、選挙が終わったからいいんだよ、と答えます。ほんとかなあ。

昨日の夕方、同僚ヴァレリーがやってきて仕事の話をした後、彼女が言います。

「シャノンからテキスト来た?」

部下のシャノンは今週、北カリフォルニアのオークランド支社でトレーニングを受けているのです。

「いや、今日は何も。」

「オークランドで暴動が起きてて、警察隊と衝突してるんだって。オフィスの窓からそれが見えるっていうのよ。危ないからビルの外に出ないでねってテキスト返したところなの。」

「え?そんなことになってんの?さすがオークランド、血の気が多いなあ。さすがに平和なサンディエゴの人はやらないよねえ。」

「何言ってるの?ここでもダウンタウンやバルボアパークでデモが始まってるわ。ニューヨークやワシントンDCでもやってるし。」

ぶったまげました。大統領選挙後に各地でデモや暴動が勃発するなんて、聞いたことありません。まさに前代未聞の珍事です。ええと、これって英語で何て言うんだっけ?二秒かかってようやく思い出しました。

“It’s so unprecedented!”
「アンプレシデンテッドだねえ!」

Precedent(プレシデント)が「前例」。Unprecedented(アンプレシデンテッド)で「前例の無い」「前代未聞の」という形容詞になります。するとヴァレリーが苦い表情を浮かべ、

“Not pun intended?”
「ダジャレじゃないわよね?」

と聞きます。え?ダジャレ?何のこと?

“I’ll leave you to it.”
「今の、宿題ね。」

不機嫌面のまま立ち去るヴァレリー。その後ろ姿を見送りながら、ようやく合点が行きました。大統領のPresident(プレジデント)とPrecedent(プレシデント)がシャレになってたのですね。おお~!と感心する私。これ、ここ暫く使えそうじゃん!

でも冷静に考えたらこのネタ、ただでさえふてくされてる同僚達の神経を逆なでするのはほぼ確実。


とりあえず、おとなしくしておきます。

2016年11月5日土曜日

Transparency トランスペアレンシー

金曜の朝10時半ぴったりに電話会議に参加したところ、既に他の出席者たちが議論の真っただ中でした。30分以上前から白熱してるぞ、と言わんばかりの温まり方で。あれ?時間間違えたかな?と慌ててスケジュールを確認したのですが、受け取った招待メールには、はっきり10時半スタートと記されています。おかしいなと思いつつも、話の腰を折りたくなかったのでそのまま黙っていました。すると5分ほど経ってから主催者のキャリーが、唐突にトーンを落としてこう言います。

「ねえ、さっき誰かが入って来たみたいな音しなかった?」

そこへパットが、

「うん、私も聞こえた。誰か入って来た気がする。」

「俺にも聞こえたよ。」

とジョーゼフ。

まるで「ゾッとする話」のオチ直前みたいな感じになってしまいました。もうちょっと沈黙を守ってその雰囲気を楽しんでも良かったのですが、

「シンスケだけど。この電話会議、10時半スタートじゃなかったっけ?」

と口を開く私。

「あ、そっか、シンスケか!」

とキャリーが叫びます。

“I totally forgot that I had invited you!”
「招待したことすっかり忘れてた!」

それから、ごめんなさいねと謝りました。ここへパットが、これは連続した電話会議の第二部で、第一部の議論を早めに終えてしまったためにそのまま後半の議題へ突入してしまい、もうすぐ終わりそうなのだと解説します。キャリーは第二部の議論に私を加えようと前日になって急に思い立ち、わざわざ招待メールを転送してくれていたのですが、そのことを失念していたのですね。

“Thank you for being honest.”
「正直に言ってくれて有難う。」

と、やや皮肉めいた返しをする私。するとパットが、

“I admire your transparency, Carrie!”
「あなたのトランスぺアレンシー素敵だわ、キャリー!」

と称賛します。

Transparencyとは「透明性」という意味ですが、キャリーの性格を的確に表した単語だと思います。私は「正直さ(Honesty)」を押し出したコメントを吐いたのですが、よくよく考えてみると「正直さ」と「透明性」には、微妙な違いがありますね。もしも彼女の発言が「ごめんなさい、すっかり忘れてた!」であれば「正直な人だね」で正解でしょうが、「すっかり忘れてた。ごめんなさい!」という順番だったことがとても重要です。キャリーが「あけすけで飾らない」人物だということが、これで明白になるのです。この人、パットとともに本社の副社長という高い地位にありながら、私が聞いたことには何でも包み隠さず答えてくれます。え?そんなトップシークレットまで教えてくれちゃっていいの?と、質問したこっちが心配になるほど。

そのキャリーとは過去二ヶ月の間に、三回の出張をともに過ごしました。先週のオースティン滞在中は、ホテルの飯があまりにも不味かったため、道を一本隔てたマクドナルドまで足を運んで一緒に朝食をとりました。その際、「私のフィアンセ(婚約者)が」という発言があったので、

「9月にダラスで会った時は、Boyfriend(彼氏)って言ってなかったっけ?」

と尋ねる私。すると、あの翌週にプロポーズされたのだと話してくれました。おめでとう!と祝福した後、そういえばダラス出張後に一週間旅行するって言ってたよね、と私。どこへ行ったの?どんな感じで申し込まれたの?彼氏ってどんな人?とまるで幼馴染の女友達のように直球質問を畳みかけたのですが、いちいち丁寧に答えてくれるキャリー。そこまで深々とプライベートを掘っていいほどの間柄でも無いよなあ、と自分に呆れつつも、無防備なまでに率直な彼女の反応が面白すぎるので、そのまま詮索を続けました。

二年前から付き合って来たバツイチの彼氏は、法執行機関に勤めていると言います。具体的にはどんな仕事?と尋ねると、Probation Officer(プロベーション・オフィサー)。日本語にすると、「保護観察官」。犯罪者を社会復帰させるために監督・指導する職業ですね。毎日犯罪者を相手にしている彼は、屈強な大男であるばかりでなく、極端に注意深い人だそうです。一緒に街を歩いている時も百メートル先に怪しい人物を発見すると、黙ってキャリーの腕をつかんで方向転換するのだと。

「残念ながら社会復帰を果たせずに犯罪者に逆戻りする人も沢山いるのよ。そういう人を刑務所に送り届けるのも彼の仕事なの。」

「さぞかしがっかりすることだろうねえ。」

「私の存在は、職場でも一切口外してないんだって。何かあって逆恨みされるような事態になった場合、彼のアキレス腱になりかねないでしょ。」

「人の嘘を見分ける嗅覚が、物凄く発達するだろうね。キャリーみたいに透明な人と出会って、普段接する人たちとのギャップにショックを受けたんじゃない?」

「暫くは戸惑ってたみたいよ。」

拗ねたりひねたり妬んだり恨んだり、嘘をついたり隠し事をしたり、といった心の捻じれと一切無縁のまま、真っ直ぐ中年になっちゃったキャリー。天衣無縫というのはこういう人のことを言うのでしょう。職業上他人を疑ってかかる習慣が身体に染み付いているであろう彼氏には、彼女がまるで砂漠のオアシスのように映ったのではないでしょうか。きっと二人は末永く上手く行くだろうな、と思ってなんだか嬉しくなりました。

しかし彼女との会話中ずっと気になっていたのは、これほど話題がプライベートな内容であるにもかかわらず、キャリーの話し声が終始マクドナルドの店内に響き渡っていたということ。ボリューム調節機能が装備されていない彼女は、どんな話でも周辺にいる人全員に聞こえる声でしか喋れないみたいなのです。そこは直した方がいいと思うんだけど、と心中笑いを堪えつつ耳を傾ける私でした。

さて、先週のトレーニング終盤。なんとなく振り返った時、会議室最後列のズービンが声をひそめて隣のキャリーに何か話しかけているのに気づきました。すると彼女が平然と通常音量で返答したので、「何事か?」と皆が一斉に振り返ります。トレーニング参加者全員の視線を浴びて微かに顔を赤らめ、キャリー相手にひそひそ話をしたことを激しく後悔している様子のズービン。その隣で、何が起きているのか全く理解出来ていない様子のキャリーに、改めて惚れ惚れする私でした。


2016年10月30日日曜日

Bring it on! かかってこいや!

一週間のオースティン出張から戻りました。来月中旬オーストラリアの全支社で一斉に使用が開始されるPMツールのユーザーサポートを支援するため、全米から選抜された6人のNinja達(エリック、キャリー、ズービン、ティム、アダム、そして私)が仕上げの訓練を受ける、というのが主目的。これにアメリカのITチーム、それにオーストラリア、ニュージーランド、イギリス、中東のスーパーユーザー達も加わって、30名を超える大所帯になりました。

開催地がテキサスのせいか、来る日も来る日も食事は肉中心。ポテトサラダとかコールスローが、思い出したように時々少量付け足されるのみ。奇跡的にか意図的にか、ベジタリアンの参加者がゼロだったので何の苦情も出なかったのですが、菜食主義でない私でさえこれはさすがにキツかった。みんな胃腸が丈夫に出来てるんだなあ…。イギリスから参加したベンは、この食事攻勢を「Meat Bomb(肉爆弾)」と呼んでいました。

二日目の晩には、ダラス在住のズービンが彼のワゴン車に男性Ninja達を載せて、コロラド川を見下ろす絶景スポットに連れて行ってくれました。ここにオーストラリアから来たレナータという女性社員も加わって私の前に座ったのですが、彼女が「前の晩にバーピーを100回以上やった」と発言しました。私が「バーピーって何?」と尋ねると、車内の連中が「え?知らないの?」と一斉にこっちを振り向きます。Burp(バープ)は「げっぷ」なのですが、いくらなんでも女性がゲップ百連発を誇らしげに語るわけがない。バーピー(Burpee)とは、スクワットと腕立てとジャンプを連続で行う有酸素運動メニューで、効率的にエクササイズがしたい人に好都合なのだと言います。え?何?みんなそんなこと日常的にやってんの?と驚愕する私に、他のNinja達が、俺は20回、とか僕は3分やったよ、とまるで今回予め与えられていた日課のように発表していきます。げげっ!僕だけ宿題の範囲を聞き逃してたみたいじゃんか。レナータが、

「今晩何回バーピーしたか、明日報告してもらうからね。」

と悪戯っぽい目で言いました。車内の野郎どもが、

「あまり無理するなよ。意外にキツイからな。」

と、まるで新人に忠告する先輩レスラーみたいな態度。その晩さっそくホテルのジムでやってみたところ、30秒でグロッキー。回数にして10回程度。全然駄目じゃん。翌朝、まわりから散々からかわれたことは言うまでもありません。

木曜の晩は男性Ninja5人、再びズービンの車でオースティンのダウンタウンに繰り出します。議事堂を見学した後、バーで食事をし、最後はデュアル・ピアノ(二台のピアノ)をコメディアンみたいな男たちがガンガン弾きながら歌う懐メロ・バーへ。客はグラスを手に歓声を上げたりジョークに応えたり、知ってる歌を一緒に口ずさんだりして楽しみます。飲まない私は純粋に雰囲気を楽しみつつも、段々時間が気になり始めました。帰りの運転を頼まれているのに、眠くなって来たぞ11時を超えたっていうのに誰一人立ち上がろうとしないばかりか、歌手の煽りでますますテンションが上がって行きます。明日はトレーニング最終日だぞ。大丈夫なのかな。居眠りしちゃったらどうしよう?他のNinja達をちら見するのですが、皆さん普通に楽しんでいらっしゃる。この人たちの体力、尋常じゃないぞ

11時半を過ぎ、さすがに痺れを切らした私がトイレに立ったのを潮に、ようやく腰を上げるNinja達。慣れないワゴン車を慎重に発進し、高速を30分ほど走らせます。間もなくホテル到着という段になって、ズービンが

「腹減った。俺、さっきあまり食べてないから。」

と、寄り道を促します。

「ええっ?今から?こんな夜中に開いてる店ないでしょ。」

と抵抗する私に、

「ワラバーガーは24時間営業だよ。」

と返します。What a burger (ワラバーガー)というチェーン店に、12時過ぎてからどやどやと入るおっさん5人組。

「ここのバーガーは最高なんだぜ!

と大声でしきりに売り込むズービンに、客として立っていた若くてハンサムなポリスマンが、「その通り!」と厳しい顔のまま同調します。それに応えてティムとアダムは巨大シェーク、エリックはチキンナゲットを注文。そしてズービンは油ギトギトの特大バーガーにかぶりつきました。数時間前から内臓が就寝状態に入っていた私は、ブースシートに腰を下して目を開けたまま充電スタート。

深夜の活動でテンションが上がったためか幾分下ネタが増えて来た仲間たちの会話をぼんやりと聞きながら、今回のニンジャ・チームについてちょっと考えてみました。既に副社長だとか地域部門長だとかの要職にある彼等は、並外れた知力、体力、リーダーシップ、コミュニケーション能力、ユーモアセンスを実証済み。これほどのAチームの一員として選ばれた自分には、一体何があると言うのだろうか?英語力だってまだまだだし(辞書を引きつつトレーニングに参加しているのは、きっと私だけでしょう)。受講中、瞬時に的確な質問やコメントを加えていく仲間たちを横目に見ながら、ひたすら黙ってメモを取っていく私。英語を読み聞き話す、という三つのプロセスを同時に処理できないので、それだけでかなりの後れを取っているのです。じゃあどうして選ばれたんだろう…?

さて金曜日。いよいよトレーニング最終日です。午後の総括で、講師のクリスティーナが皆に感想を訪ねます。カタールから参加していた若いスーパーユーザーのピーターが挙手し、

「学べば学ぶほど、自分の知識の浅さを知って不安になります。中東地域でツールの使用開始をする時は、ここにいる皆さんの助けを借りなければいけないなあと思いました。」

と謙虚な発言をしました。確かに冷静に考えてみれば、プロジェクトマネジメントをトータルでカバーする巨大ツールをこんな短期間でマスター出来るわけなど無いのですが、私はここで、おや?と思いました。その感じ方、自分と違うぞ、と。ここまでみっちりトレーニングを受けたんだから充分務めを果たせるに決まってる、まかせろよ!と口にしかかっていた私は、ピーターのこの謙遜に違和感を感じていたのです。

「じゃあ、オーストラリアに派遣されるアメリカのニンジャたちはどう?」

とクリスティーナが我々6人に投げかけます。隣同士に座っていたエリックと私は、ほぼ同時に

“I’m ready.(準備できてるよ)

と答えました。最後列のズービンも、イエーとか何とか奇声を上げます。そして間髪入れず、エリックの後ろに座っていたティムが、

“Bring it on!(ブリング・イット・オン)

と叫びました。

ブリング・オンは「持って来いよ」。Itは、「困難な挑戦」という意味。「いつでも来い」とか「どんと来い」など、いろいろ和訳出来ると思いますが、この時のティムの声の調子などを加味すると、

「かかって来いや!」

くらいのニュアンスでしょう。この発言に呼応し、ニンジャ・チームが一斉に鬨の声を上げました。

「心強いわね。安心したわ。」

とクリスティーナが微笑みます。

この時、はっきりと分かりました。私がこのチームに選ばれたのは、結果を恐れずとりあえずどんな挑戦でも受けてみる、という超楽観的な性格のせいなんだなあ、と。

迷わず行けよ。行けば分かるさ。


2016年10月22日土曜日

Stereotype ステレオタイプ

今週はシカゴ出張でした。新しいPMツールを北米で使用開始する2月に向け、アメリカとカナダの各地から選抜されたトレーナー達が再び集結し、リハーサルを繰り広げた二日間。初日の夜は、ダウンタウンのパブに皆で繰り出しました。先月ダラスでみっちり一週間トレーニングを受けたお蔭で、今ではすっかり「同じ釜の飯を食った」仲間たち。二列の長テーブルに挟まれた格好でスツールに腰かけていた私は、ディナー開始後間もなく、背中合わせに座っていたクリスティーナの肩をつつきました。彼女は、このツール開発プロジェクトの中心人物です。

「あのさ、今度のオーストラリア行きのメンバーって、どうやって選んだの?」

と、ずっとくすぶっていた疑問をぶつけてみたのです。二週間前、突然降って湧いた海外出張のご指名。

「ちゃんと説明しなくちゃとは思ってたのよ。それは気になるわよねえ。」

この会話が耳に入ったのか、遠征組に選ばれた他のメンバー達も、グラスを手にクリスティーナの声が届く席まで移動して来ました。訓練を受けた総勢18名のトレーナー達は、来月から北米各地でトレーニングを展開するのが使命でした。ところが突然、私を含めた6名がこのトレーナーグループから外され、オーストラリアの各支社へエンドユーザー・サポートのために派遣されることになったのです。

「オーストラリアでの新ツール使用開始日が迫ってるでしょ。二週間前、先方と詳細を詰めてたら、今のサポート態勢じゃ不十分だ、もっと援軍をくれ、という真剣な要請があったの。先行実施するオーストラリアがコケたら北米での2月スタートだって危うくなる、後に続くヨーロッパやアフリカ、それから中国にだって影響が及ぶ。これは全社的な問題だ、という話になってね、48時間以内に回答しろって言われたの。そんなわけで、当人たちには事後承諾という形であなたたちの名前をリストアップしちゃったのよ。」

シンスケ(サンディエゴ)
エリック(サンフランシスコ)
キャリー(シアトル)
ズービン(ダラス)
ティム(フィラデルフィア)
アダム(ニューヨーク)

「なるほど、これは責任重大だね。でもさ、一番気になるのは、どういう基準でこの6人が選ばれたかってことなんだ。」

「新旧ツールを熟知していて、PMサポートの経験が豊富で、ポジティブな性格の人、というふるいにかけたの。それでも、ホリデイ・シーズンに長期間家を空ける話を勝手に決めやがって、とブーイングが来ると覚悟してたのよ。そしたら、怒らないどころか全員が喜んで引き受けてくれて、感激したわ。本当にポジティブな人達だなあって。」

会社持ちでオーストラリア旅行が出来るってのに、文句言う人なんていないと思うんだけど…。

「ところでさ、誰がNinja(忍者)なんて名前を付けたの?」

そう、この6人衆は何故かニンジャと呼ばれていて、その任務について話す時には誰もがニヤつくのです。今回のリハーサル中もティムが自己紹介の際に、

「ニンジャの一人、ティムです。何か難しい問題に苦しんでいる時にふと風を感じたら、それはきっと私です。」

などとジョークに使ってました。

「最初はスーパー・ドゥーパー・ユーザーとか色んな呼び方をしてたんだけど、どれもしっくり来なくて、多分フランクかアイリーンが、ニンジャはどうかって言ったのよ。特殊訓練を受けていて、素早く問題を解決してくれるイメージがあるでしょ。一発で皆が気に入っちゃって、それから使い始めたの。」

オーストラリアについてはほとんど基礎知識が無いこと、イメージと言えば映画「クロコダイル・ダンディー」に出て来る、巨大なナイフを持ったワイルドな主人公くらいだ、と言うと、そんなオーストラリア人いないわよ、と笑いながらクリスティーナが各都市の特徴を教えてくれました。

「シドニーがスーパーモデルだとすれば、メルボルンは隣のお姉さんって感じ。パースはね…。」

さて来週は、テキサス州オースティンへ一週間出張です。IT部門の専門家たち、それからオーストラリアのサポート部隊も参加するNinja Bootcamp(忍者特訓キャンプ)と題された今回の出張では、技術的なテーマの他、オーストラリアの文化や風習についても学ぶのだと。

「大抵の人が外国や外国人に対するStereotype(ステレオタイプ)を持っているでしょ。まずはそういうのを取っ払うところから始めないといけないの。」

ステレオタイプとは、対象に対して抱く勝手なイメージですね。オーストラリア人は腰にナイフ提げてちょくちょくワニと闘ってる、とか。後で調べたら、これはギリシャ語源のフレーズ。ステレオは「強固な」、タイプは「インプレッション、印象」で、18世紀の印刷機が由来だそうです。

「来週のブートキャンプにはオーストラリアから6人くらい参加するんだけど、皆すごく嫌がってたのよ。なんでよりによってテキサスなんだ?って。」

「え?どうして嫌なの?」

「テキサスでは銃の携帯が許可されてるでしょ。銃器の所持が禁止されているオーストラリア人からすれば、考えられないくらい危険な地域なの。街中の人がカウボーイハット被って銃を腰に提げてるってイメージ持ってる人は沢山いるのよ。」

「まさか!」

「本当なのよ。真面目な話、それが理由で出張拒否しようとした人もいたの。それくらい、ステレオタイプって強烈なものなのよ。」

シカゴから戻った金曜日。大ボスのテリーと久しぶりに言葉を交わしました。私がニンジャに選ばれたこと、オーストラリア出張の後、もしかしたら別の国々に派遣されるかもしれないというくだりで、

「よく考えたらニンジャって単語、どうかと思うんだよね。これって皆ポジティブなイメージ持ってる言葉なのかなあって。」

と問題提起してみました。テリーも、

「そうね。確かに微妙よね。」

と同意します。

「中国に出張することになって、私は忍者ですって日本人のあなたが名乗ったら、一体どうなるのかしらね。」

う~ん、どうなるんだろう?


2016年10月16日日曜日

Over-Communication オーバー・コミュニケーション

息子の高校の水球チームに、転校生二コラが加わりました。彼とうちの子は、小学校低学年時代のクラスメート。約6年ぶりの再会です。中学生の頃から水球選手だった彼は、いきなりコーチのような風格で部員達をリードし始めました。二コラのお母さんは、自己紹介もそこそこにチームの連絡係を買って出て、試合日程や会費集めなどの連絡メールを頻繁に父兄へ送信するようになりました。それもほぼ毎日。転校早々よくここまで積極的に前へ出られるよねえ、と感心する我々夫婦。そういえば子供たちが小学生の頃も、あの人あんな調子だったわ、と妻。

先日学校の集まりで彼女に会ったところ、「笑福亭」と丁号を授けたくなるくらいの人懐っこい笑顔で、とめどなく喋り続けていました。ただただ合いの手を打つだけの私達。

「今でも覚えてるわ。夫婦それぞれの名前の一部をとって息子さんの名前をつけたってエピソード。すごい印象的だったもの!」

妻はこのセリフ、彼女からもう何度も聞かされているのだそうです。しかもこのエピソード、内容に決定的な間違いがあるし(偶然にもそういう名前になってたことに他人から指摘されるまで気づかなかった、というのが真相)。でも、わざわざ訂正するような重大案件でも無いので、黙って頷いていました。

幼い頃から、「頭の中で内容をきちんとまとめてから口を開け」とか「要らんことをべちゃくちゃ喋るな」という躾を受けて来た男系家庭出身の私にとって、この手のキャラはひたすら驚異です。経験から言ってこれは女性特有の習性で、彼女らの活躍機会が増えてきた昨今、この「圧倒的なおしゃべり」に驚嘆することしばしば。部下のシャノンも毎朝出勤していきなり、娘の歯医者とのゴタゴタだとか高速道路で目撃した事故の話などを、15分以上聞かせてくれます。東海岸にいるティファニーとの電話でも、赤ん坊が夜中にぐずった話とかデイケアセンターの予約待ちがひどいとか、プライベートな内容をたっぷり披露してもらった後で本題に入ることが日常。

うちの妻でさえ、よくもまあそんなにネタがあるもんだなと感心するほど、毎日の出来事を詳細に聞かせてくれます。結婚当初は、「で、オチは?」って聞くのやめてくれる?とよく怒られてました。「そっちが聞きたいかどうかはともかく、こっちが聞かせたいことをそのまま喋ってるんじゃない。どこが悪いのよ?」と言い切るその潔さに唸った私は、黙って耳を傾けるようになりました。同じ相手に同じネタを複数回使うなどというとんでもなく恥ずかしいミスを犯しても、さほど気にしない様子の妻。それどころか、

「知ってた?誰かから聞いたんだけどさぁ、」

と興奮して教えてくれようとする妻に、

「あの、それ僕が教えた話だと思うんだけど…。」

とおずおず指摘した経験も、少なからずあるのです。

何はともあれ、結婚生活や女性に囲まれた職場環境の影響で、今ではすっかりこの「過剰気味のおしゃべり」を礼賛するようになった私。「男は黙って」などとカッコつけてるより、より多くの情報を交換し合った方が良いに決まってます。

先日、あるビジネス誌に載った記事で、こういうスタイルのコミュニケーションがいかに大事かを読みました。さほど重要でない話を沢山することによって、信頼感が強まるというのです。「何でも遠慮なく言える関係なんだ」という確認を重ねるのですから。それに、個人のプライベートをある程度知っておくことで、より思慮深い方法で情報を伝えられるようにもなるのです。「娘さんの卒業式、来週だったよね。その翌週だったら出張だいじょうぶ?」などという風に。

さて、過去数カ月、本社のプロジェクトコントロール担当副社長であるパットと頻繁に会話しています。本来であれば、一支社の一中堅社員である私が簡単に接触するチャンスの無い相手です。彼女がイントラネットで流したニュースに反応してメールを送ったところから交信が始まったのですが、話すうちに意気投合し、気が付けば、彼女が主催する定例電話会議のレギュラー・メンバーにおさまっていた私。全米に拡がるプロジェクト・コントロール部門の社員たちに施すトレーニングの教材づくりに力を貸して欲しい、という依頼に応え、一度も顔を合わせたことのないメンバーと定期的に電話で議論しているのです。

金曜の朝、今週二度目の電話会議がありました。パットが

“Let me grumble first.”
「まずはちょっと愚痴らせて。」

と口火を切り、本社上層部から受けているプレッシャーを語ります。エピソードに登場する人物は、みな会社のトップ5に入るキーメンバー。S氏がB氏にこう詰め寄った、そのシワ寄せでこんな事態になっている、などと。普通なら私のようなポジションにいる社員が絶対知り得ないようなキワドイ話題を、パットが惜しみなく話してくれるのです。しかも同じ内容を、前日の電話会議でも彼女は喋ってました。

ひとしきりぶちまけてから溜息をついた彼女が、こう言います。

“I apologize for over-communicating.”
「オーバー・コミュニケートしちゃってごめんなさいね。」

女性の参加者が、すかさずこう答えます。

“We all love your over-communication!”
「私達みんな、あなたのオーバー・コミュニケーション大好きよ!」

このOver-Communicateというフレーズですが、辞書で調べてもほとんど訳が出ていません。あるサイトでは、「同じ内容を何度も繰り返し伝えること」と説明されていました。ただでさえ情報過多のこの時代に、無駄を省いた軍隊的伝達方法は通用しない。相手の頭にしっかり浸透するよう、リピートせよ、と。

ビジネスシーンでのコミュニケーション向上に、女性の社会進出が多大な貢献をしているんだなあ、とあらためて実感した次第です。

というわけで、特にオチはありません。


2016年10月8日土曜日

Lead by Example 自ら範を示す

金曜の朝、南カリフォルニア地域のプロジェクト・コントロール担当副社長R氏からメールが届きました。

「時間のある時に電話くれないか?君と君のチームの今後の役割について話したいんだ。」

古参の社員に対するトレーニングを重ねてじわじわとチームを拡大して来た私の地道な努力をあざ笑うかのように、今年の春ふらっとロサンゼルス支社に現れてあっさりと新部門を立ち上げてしまったR氏。そして次々に外部から人を雇い入れ、気が付けば十人を超える集団の長になっていました。手塩にかけて育て上げたチームを率いる私にとってみれば、この「よそ者軍団が幅を利かせている」状況は正直面白くないし、脅威でもあります。これまでR氏のチームと私のチームとの関係をどうするのか、という議論は一度も無かったし、ひとたびこのテーマが大っぴらに話し合われたら、うちのチームが潰されるか吸収される可能性は容易に想定出来ます。R氏からの突然のメールは、本格的組織改変の開始を示す「のろし」かもしれない、と踏んだ私。さっそく大ボスのテリーにメールを転送し、

「昼休み明けに電話してみますね。」

と告げました。

「何があろうとサポートするわよ。」

と、間髪入れずに返信してくれた彼女。去年の10月にサンディエゴ支社環境部門へ移籍してからというもの、私はこのテリーの翼の下で愉快に仕事を続けて来ました。彼女の「肝っ玉母さん的」なアドバイスには、これまで何度も助けられて来た私。

数週間前、R氏がオーストラリアから引き抜いて来た女性社員のMが、サンディエゴ支社のPM達に電話をかけまくり、あれこれ指図して来たことがありました。

「Mって何者?シンスケのチームが僕たちをサポートしてくれていること、彼女は知ってるはずだよね。」

困惑するPM達から話を聞き、「R組の奴等、いよいようちの縄張りに殴り込んで来やがったな。よ~し、全面戦争や!」とチンピラのようにいきり立って組長テリーに報告した私は、彼女の一言に意表を突かれました。

「Mに電話して話を聞いてみたら?」

何らかの下心があっての行動かもしれないと勘繰っていても埒が明かないでしょ、よくよく聞いてみたら「なんだそんなことか」って話、よくあるじゃない、と。え?そんな呑気なリアクション?戸惑って立ちすくむ私を、小会議室に引っ張って行って迷わずMに電話をかけるテリー。

「ごめんなさい。着任したばかりでよく分かってなかったの。これからはサンディエゴ支社のPM達に連絡する場合、まずシンスケに断りを入れるわね。」

と素直に謝罪するM。電話を切った後、ほらね、とテリーが微笑みました。あまりに拍子抜けな結末に、ただただ茫然とする私。家族には、「誰かの言動に悪意を読み取って色々悩んでいる自分に気付いた時は、思い過ごしかもしれないぞと冷静に考えてみるべし」と日頃から偉そうに説教していたのに、このザマです。なんて未熟な奴なんだ!と激しく恥じ入ったのでした。

そんな出来事があったお蔭で、今回も最悪の事態を覚悟はしつつ、ややリラックスした心境でR氏に電話をかけることが出来た私。

「昨日の晩、本社のショーンからメールを受け取ったんだ。オーストラリアでのトレーニングに講師が足りないということで、アメリカから6人選ばれたそうなんだが、君の名前もそこに入っていてね。12月に三週間、それから年明けに一週間、オーストラリア出張だ。都合つくかな?君が今サポートしてるプロジェクトにも支障が出るだろうから、今からチームでどうカバーするかを相談しておいた方がいいと思うんだ。」

これは全くの想定外でした。更にR氏が続けます。

「本社のパットと相談してね、南カリフォルニアの各支社でプロジェクトコントロールを担当してる人材の能力評価を、近いうちに始めることにしたんだ。これには君の協力がぜひとも必要だ。お願い出来るかな?」

電話を切った後、テリーの席へ行って首尾を報告しました。

「ほらね。悪の親玉みたいなイメージをどんどん膨らませて警戒してるより、さっさと電話しちゃった方が早いのよ。」

とニッコリ笑うテリー。

「まったく、前回の件も含めて、自分の思い過ごしが恥ずかしいですよ。アドバイス、本当にどうも有難う。コミュニケーションのレベルって、自分の心構えひとつですごく変わってくるんだなあ、ってあらためて学びましたよ。」

自分の上司もあまり頻繁にコミュニケーションを取りたがらないタイプだ、というテリー。

「だから要求されてるわけでもないのに、あたしの方から勝手にガンガン連絡しちゃうのよ。それで彼からも、段々と情報を提供してくれるようになったの。」

なるほどねえ。彼女の開けっ広げなアプローチが、じわじわと相手の心を溶かすのでしょう。テリーがこう言って微笑みました。

“It’s leading with example.”
「自ら範を示す、というやつよ。」

何度も大きく頷いて自分の席に戻った私。

今後は人間関係でモヤモヤしたら、さっさと受話器を手に取って相手に電話をかけよう、そしてそういう習慣を続けることで、家族や部下たちにも範を示そう。そう心に決めた私でした。